私は以前ヨーロッパアフリカをオートバイで旅行したことがあります、
彼はその時に大変お世話になった人です。
彼はその当時海外青年協力隊としてアフリカの田舎で学校の先生をしていましたが、それ以前に私と同じようにオートバイでヨーロッパからアフリカに入りサハラ砂漠やコンゴのジャングルを旅行しています。同じ旅行者オートバイ仲間ということでとても親切にしてくれたのです。
それ以来のお付き合いで、彼はその後も海外おもにアフリカのケニヤで仕事をしています。
2年ぐらい前に、明日日本に帰ると突然連絡があったことがありました。あまりにも突然でどうしたのかなと思ったら仕事仲間が手榴弾で攻撃され赴任地が閉鎖になったとのこと。そこは彼ともうひとりの白人と二人で仕事をしていたのですがその白人の方が襲われてしまったそうです、手榴弾を使ったために他に死者がでてしまい白人の方は命はとりとめたのですが足を失ってしまったということです。
昨年の秋同じ地域に彼は仕事にいったのですがもう帰ってくるとは早いなと思ったら、今度は運転手が射殺されてしまったそうです。日本では考えられないことかもしれませんが、アフリカではこういうこともあります。
今日アカデミー賞の主演男優賞のノミネートを見てみたら、ホテルルワンダ という映画があることを知りました。ルワンダの大虐殺のドキュメントドラマだそうです。
多くの日本人の人は1994年のルワンダの大虐殺を覚えている人は少ないのではないかと思います。
3ヶ月の間に推定80万人の人が殺されました。
これはユダヤ人虐殺やカンボジアの虐殺に次ぐもの、というよりたった3ヶ月で80万ということを考えたら歴史上最も多くの人を短期間で殺害した事件だったのではないだろうか。80万といってもピンとこないかもしれませんが、渋谷区の人口が20万人程度ですからその4倍ということになります。
これだけ多くの人が殺害された事件はたった10年前の出来事で遠い昔の話ではない。
当時私はアフリカにいました。でも私自身もそんなこともあったなぐらいにしか覚えていないので日本人が忘れてしかたがないですよね。それでいいののか悪いのかというと、なんか最近は昔のことは忘れてもいいような気がしています。平和というのはいいもので、それだけ人の感覚を暖和なものにしてくれてくれる 最近忘れるていいななんて思ってしまいます。
先に書いた友人は当時ケニヤでルワンダ難民のボランティア活動をしていました。
もう一人以前このお店をたまに手伝ってくれていたK仙人さんはルワンダ国境の難民キャンプで活動していた。
私は2度目のアフリカへと向かっていました。
ケニヤでK仙人さんに話を聞くととにかく凄く悲惨で、国境が川で隔たれているのですが、そこには毎日何十体という死体が流れてくるということ、友人が写した写真を見せてもらったのですが、それはすさまじいものだった、手を後ろに縛られて首がないとか、体が脱色して真っ白になってしまった遺体とかが川の流れのよどみに溜まっている、また教会の写真には足の踏み場のないほどの死体の山が写真が写っていた。
殺され方も地獄らしい、多くに人がナタで殺されたというのですが、まず家族の一人に家族を殺させて最後にその人を殺す。本当の地獄です。
何故人間はこんなことが出来るのでしょうか?
ある日突然隣人を殺し始めたのですから狂気としかいいようがない。一人一人はいい人なのですしかし何かにとらわれたようにこんなことになってしまったのです。
難民として隣国に逃げてきた人達は実は殺した側の人たちで、ある日われに返ったのでしょう今度は自分達が殺されると思って国をすて難民となりました。だから内戦が終わっても容易には国に帰れなかったようです。でも、今は難民キャンプも廃止され平和と取り戻しました。しかしたった十年で隣人を殺した殺されたという人達が本当に仲良くできるのかな? 中国や韓国は60年前の戦争も忘れようとしません。
そんな時私のように忘れぽかったら、平和になれるのになと思ってしまいます。
過去の出来事は風化させてはいけないといういのが普通の定説ですが、恨みごとは忘れたほうが平和に生きられますね。
昨日の友人のメールとホテルルワンダからアフリカのことを思い出し、そんなことを思ってしまいました。
人はいつ死ぬかわからないのですからどうせ死ぬなら幸せに生きたほうがいいですよね。
ちょっと意味不明かな。
<ホテルルワンダ
http://www.mgm.com/ua/hotelrwanda/intro.html
ルワンダ大虐殺
http://c-cross.cside2.com/html/bp0ri001.htm
シカゴ発 映画の精神医学 ホテルルワンダ
http://eisei.livedoor.biz/archives/12066571.html





