2008年06月10日

秋葉原無差別殺傷事件

一昨日、7人が死亡10人が負傷するというトンでもない事件がおきた。
路上での通り魔殺人としては過去例をみない惨劇です。

なんのまえぶれもなく突然おとずれる不条理な死、
こんなことはあってはならない、
被害にあわれた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

今日のニュースでは、容疑者の生い立ちを追っているものが多く、真面目でおとなしい性格だけれどもキレることもある、と証言している中学生時代の同級生の証言がテレビに映っていた。中学までさかのぼって人柄を検証しているのは、犯罪原を犯す人は精神的に成長していないということなのかな?
ひょっとしたら犯罪者の多くは子供のころに疎外感を感じた感覚を、大人になっても持ち続けるのかもしれない。

ネットに犯人の書き込みがある掲示板が載っていたので読んでみると・・・・・・・・かなり痛かった。
彼女がいない、友達がいない、一人ぼっちと悩んでる。
この悩みは多くの若者に普遍的なもので、共感できる人もいるのではないかと思うのですが、
しかしその後がなんというか、もう劣等感の塊のような人。

その原因が、顔が悪いからもてない、不細工だから友達がいない、と終始自分が不細工だからと結論付けて、その考えのループから逃れられていないのです、繰り返し繰り返し不細工ということに終着する。

頑張ってねという優しいフォローのコメントにも、幸せな人にはわからないと心を閉ざしてしまう。
友達がほしいといいながら、誰にも心を開かないのでは友達が出来るわけがなない。
そのことをつっこまれると、イケメソなら相手が心を開くまで頑張るのに とさじを投げてしまっている。
誰も信用できず、生きる気力もなし、勝手に絶望し、悲劇の主人公になり、他人を恨み 彼女がいて幸せな人をみると死ねばいいのにと思う。

社会に適応できない精神的におかしな人に共通しているのが、疎外感、被害妄想、疑心暗鬼 自暴自棄
今回の通り魔犯人はこれらの経過をまさに歩んでしまったようだ。
世間と自分との間に膜があるような疎外感、周りが人を笑っているような被害妄想、みんな敵に見え、誰も信用できない疑心暗鬼、もうどうでもよくなったと自暴自棄。
こうなると救いの手すら拒否してしまう。

最悪の人間なんだが、何故こういったことになってしまったのか、誰も救えなかったのか。

犯人は自分で自分の命を絶つという考えには至らず、他人を不幸に巻き込むという最悪の考えにいたってしまった。
それはもう常軌を逸している、許せない犯罪だ。
しかし、自殺の多い今の社会では、このような考えに陥っているのは彼だけではなく、予備軍ともいえる人達が沢山いるのではないかとさえ思えます。

世の中がいやになる時なんて誰だってあります、それもみんななんとか頑張って生きているんです。
自分を変えるための努力をするか、それが出来なくてもいい、その場合はせめて黙って引きこもるようにしてほしい。

何があっても人様には迷惑をかけてはいけません。


秋葉原通り魔事件掲示板書き込み6月3日

秋葉原通り魔事件掲示板書き込み6月4日

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posted by teruterufox at 23:46 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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