2009年06月04日

死ぬ瞬間と死後の生

昔のHDDを調べていたら、
エリザベス キューブラー・ロスの書いた
「死ぬ瞬間と死後の生」文章の一部が書いてあった。
覚えていないけど、印象的な文章だから書き写したのかな?

***
死ぬ瞬間と死後の生
死ほど大切なものはない の 最後のページ P80

自分の人生で何が起きているのかを、つねに両側から見ていれば、これと同じことが誰にでも起きます。人生にはかならず二つの面があります。治る見込みのない病気にかかったとき、耐えがたい痛みに襲われたとき、相談相手がいないとき、あるいは、人生はこれからだというのに、どうして自分は死ななければならないのだ、あまりに不当だ、と腹がたったとき、コインの裏側を見てごらんなさい。そうすれば、これまで引きずってきたくだらないことをいっさい捨ててしまえる、そういう幸せな人びとの仲間入りができます。

 それができたら、死の床に伏している人のところに行って、その人の耳がまだ聞こえるうちに、何のてらいもなく「愛しています」と言えるでしょう。もう、感傷的な美辞麗句なんて必要なくなります。人生は短いのですから、結局のところは、自分が本当にやりたいことをやったらいいのです。みなさんのなかで、本当にやりたいこと、つまり百パーセント生きるということを実行している人はどれくらいいますか(ほんの数人の手があがる)。やりたいことをやっていない人は?(もっと多くの手があがる)。あした転職したらどうです?(笑う)。

 やりたいことだけをやる、というのは本当にたいせつです。そんなことをしたら貧乏になるかもしれない、車を手放すことになるかもしれない、狭い家に引っ越さなくてはならないかもしれない。でもその代わり、全身全霊で生きることができるのです。世を去るときが近づいたとき、自分の人生を祝福することができるでしょう。人生の目的を達成したのですから。そうでないと、娼婦のような人生を送るはめになります。つまり、なにかある理由のために生きる、ほかの人のご機嫌をとるために生きるはめになります。それでは生きたことにはなりません。したがって、こころよい死を迎えることはできないでしょう。

 自分の内部からの声、自分の内的な知恵に耳をかたむけることです。あなた自身のことに関する限り、あなたはほかの誰よりも賢いのですから、きっと間違えることなく、人生で何をなすべきかを知るでしょう。そうなったら、もう時間など関係ありません。

 身につけなければいけないのに、身につけるのがいちばんむずかしいもの、それは無条件の愛です。これを体得するのは本当にむずかしい。ご存じのかたもあるかと思いますが、ヴアージニア・サターは無条件の愛とはどんなものかを、じつに美しく歌い上げています。

  わたしはあなたを
  束縛せずに愛したい
  判定せずに称賛したい
  侵入せずに結ばれたい
  強制せずに誘いたい
  後ろめたさなしに別れたい
  責めることなく評価したい
  見下すことなく助けたい
  あなたも同じようにしてくれたら
  ふたりはほんとうに出会い、
  おたがいを豊かにできるでしょう。
posted by teruterufox at 14:48| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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