2008年06月11日

秋葉原

人が死ぬ。
世にいう無常などということばの空しさなまぬるさ、死という言葉にはるかにおよばぬ、
無常というのはまだまだ楽の音で、楽しくもある。死は琴の糸が切れるのだ。音も絶える。音も絶えて、なお無常などといううた( 詩)をうたっていられようか。


箱根の坂 下
司馬遼太郎

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今日は、母の付き添いで病院へいってきました。
母の目は前から悪かったのですが、今日は先生から治療方法の説明があるということで一緒に行ったわけです。
姉も来たので、病院の後、久しぶりに家族3人だけで食事をしました。

姉の家族と一緒というときはありますが、実の家族だけというのはもう何年もない、他の2人はそのことを感じたとは思わないですが、私はなんか久しぶりだなと感じたのです。
特に意味はないですが、なんか家族ていいなと思いました。

帰りにニコライ堂と神田明神を見学して、昨日書いた秋葉原の事件の場所を通りました。

交差点にはテントが建てられ、そこには沢山の花束や飲み物がささげられています、私も思わず手を合わせてきました。
その横で、ある人がその場にいたNHKのカメラマンに今回の事件のNHKの報道のあり方に激しく怒っています。

この日秋葉原を訪れた人は、あまりにもやりきれない突然の不条理な死に、夢も希望も愛も全てが絶えてしまうような、言葉に言いあらわせない大きな空虚感を感じたに違いない。
まさに仏教のいう無常などというなまやさしいものではない。

被害にあわれた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

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posted by teruterufox at 23:57| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 人間というもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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