2008年05月31日

言葉の重み。

こういうのを人物というのかもしれない。おなじ内容の言葉をしゃべっていても、その人物の口から出ると、まるで魅力がちがってしまうことがある。人物であるかないかは、そうゆうことが尺度なのだ。

竜馬がゆく 一
司馬遼太郎

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私が喋っても、言葉の重みがないというか、説得力がなく
ほとんど人に相手にされません。

あの人にこういわれて、なるほどと思った。と言った人がいましたが、それは私も言っていたのに・・・

そんなことがたまにあります。
言葉に重みがないと、心に入ってこないんですよね。
聞いていてもつまらないので、私には魅力がないとも言えます。

夜回り先生で有名な水谷修さんの動画がyoutubeにあってみたのですが、
彼の喋りは凄いです。
低音のとても優しい声、問いかけるよな優しい話し方に、
神がかり的とうか気迫や迫力あり、その言葉の一言一言が心にズッシと来て、思わず聞き入ってしまう。

目だけで相手を圧倒させるぐらいの気迫があります、
それは彼の経験から生まれた信念の現れなのでしょう。
まさに、こういう人を人物というのではないだろうか。


youtubeの水谷修さんのテレビ講演の動画です。

R30講演 水谷修@

R30講演 水谷修A

R30講演 水谷修B

R30講演 水谷修C


完全実録!〜夜回り先生〜水谷修
水谷先生の活動を紹介した番組です。
水谷さんの人間との関わり方は半端なく凄いです。お勧めの動画ですのでお暇な方は見てみてくださいね。
@からJまでありますのでyoutubeのリンクをたどってみてください。
posted by teruterufox at 03:16| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間というもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月28日

川田亜子さんの自殺

人は、いつも、自分をさまざまな意識でしばりあげている。見栄、てらい、羞恥、道徳からの恐怖、それに、自分を自分の好みに仕立てあげている自分なりの美意識がそれだ。それらは、容易に解けないし、むしろ、その捕縄のひと筋でもとけると、自分のすべてが消えてしまうような恐怖をもっている。

風の武士 下
司馬遼太郎

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川田亜子アナウンサーが自殺。
というニュースが昨日ネットのニュースにあった。
私はテレビを見ないので知らない方なのですが、よくテレビに出ていた人らしい。
ネットに経歴などが載っていたので見てみると、
まだ若いし綺麗でスタイルも良い人、キャリアもありそれなりに収入もあったでしょう。
難関のアナウンサーになったのだから、頭の回転も速いのでないのだろうか。
そんな彼女にどんな悩みがあったのか分かりませんが、これだけの経歴をみると、これからではないか将来があるのにと、とても残念に思ってしまいます。

人の悩みとは広くて深いものです。

youtubeに亡くなる2日前に出演したサンデースクランブルという報道番組が載っていた。その番組の特集が自殺に関するもので青木ヶ原樹海で自殺志願者を説得して助けるという内容だった。
「どこかでサインがでますから、それを見つけた人は手を差し伸べてあげるのがいいんじゃないでしょうか。」
コメンテーターの方達の言葉はやさしくとてもよいと思うのですが、その場にいた人が亡くなってしまった今となっては・・・・
どことなくその言葉に虚しさを感じてしまうのが残念でならない。

この番組の動画をリンクしておきます。
posted by teruterufox at 20:11| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

人生の意味

人間の厄介なことは、人生とは本来無意味ものだとうことを、うすうす気づいていることである。古来気づいていて、今も気づいている。仏教にしてもそうである。人間は王侯であれ乞食であれ、すべて平等に流転する自然生態のなかの一自然物にすぎない、人生は自然界において特別なものではなく、本来無意味である、と仏教は見た。これが真理なら、たとえば釈迦なら釈迦がそう言いっ放して去ってゆけばいいのだが、しかし釈迦は人間の仲間の一人としてそれでは淋しすぎると思ったに違いない。


ある運命について
司馬遼太郎
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これは危険な考え方かもしれませんが、この人生観は私も持っているものと同じです。司馬さん気があいますね。

生きる意味を考える人がいますが、個々の自我により意味づけをしてるので、自我が弱いと答えがでず悩んだり、逆に自我が強いととんでもない意味づけをしていたりします。

どちらにせよ人生の意味は自由な感覚をうばってしまうような気がするので、あえて無意味だとし、その意味に捕らわれないようにしています。

この宇宙にただひとつ地球は生命が存在する条件が奇跡的に揃っている、特に太陽からの距離が今より近くても遠くても今の生命が生きていくことは出来ない。そしてこの地球上に奇跡的に生命が宿り奇跡的な進化をし絶妙なバランスでこの地球上に存在している。その奇跡の上に更に奇跡的に自分という自我が存在しているわけです。さらに家族や友達や恋人や仕事や遊びに奇跡的に出会い、苦労したり幸せを感じたりしている。

自分という今の自我が存在することは、全ての奇跡の結果だと思っています。
しかしそこに意味はないとも思っています。
posted by teruterufox at 23:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間というもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

人は思わぬ世間歩きをする。

人は、その才質や技能というほんのわずかな突起物にひきずられて、思わぬ世間歩きをさせられてしまう。

ある運命について
胡蝶の夢
司馬遼太郎
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良くも悪くも世間に出る人はみなそうなのかもしれない、
思わぬ世間歩きは、自然な運命のひとつなのでしょう。

今日私は古物商講習会に参加してきました。
この手の勉強会に参加するのは久しぶり、よく聞こえるようにと前の方にすわったのですが・・・
すぐに睡魔が襲ってきて、後ろに座ればよかったと大きく後悔してしまった。
それからが大変、前ですから講師に失礼と思い、正気を取り戻す工夫に頭がいっぱいだった。

るべく平静を装い足を叩いたりつねったり、それでも瞼が落ちるので極力姿勢を正し頭を傾けて本に目線をおとして目をつぶる。ちょっと瞑想しながら聞いているみたいなポーズです。
しかし努力も虚しく本格的に気が遠くなってきて講師の声も聞こえなくなってきます。
そんなときガックと落ちてビックリ、一瞬正気に戻って直に資料をめくったりして誤魔化したのですが、すぐにまた気が遠くなってしまいました。最後には講師が変わった事に気がつかなかったから、よく熟睡したのでしょう。

今日の教訓はあまり目立たないところに座ろうです。
まあ才のない人間はこんなものでしょう。
でも、あの眠る瞬間の気の遠くなるような感覚て気持ちいいですよね。
posted by teruterufox at 22:20| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 人間というもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

志は塩のように溶けやすい。

志は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦渋というものはその志の高さをいかにまもりぬくかというところにあり、それをまもりぬく工夫は格別なものではなく、日常茶飯事の自己規律にある、という。箸のあげおろしにも自分の仕方がなければならぬ。物の言いかた、人とのつきあいかた、息の吸い方、息の吐き方、酒ののみ方、あそび方、ふざけ方、すべてがその志をまもるがための工夫によってつらぬかれておらねばならぬ、というのが、継之助の考えかたであった。

峠 上
司馬遼太郎
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たしかに夢や目標は見失いがち、いつの間にか流され、その夢や目標すら思い出せなくなることがある。そして日々の生活がつまらなくなってしまいがちです。

私も日常の生活は惰性の方へ流されがち、特に最近まずいなと思うのは毎日いくら使っていくら収入があるのか全然然把握していないこと。そこでちょっと奮起して細部まで記入できる小遣い帳をアクセスで作りました。
日記ややることリストややったことリスト、目標リスト、お掃除リストなどの記入項目やチェック項目も追加。
さらに小遣い帳をかならず書くようにするために前日小遣い帳やお掃除リストにチェックを書いていない場合は、パソコンを立ち上げる度に、
「書いてください!書かなければダメですよ!」
という表示を毎回出てくるようにしました。パソコンに命令されていますが、これで記入忘れはないでしょう。

アクセスはデーターベースソフトですが、覚えると自分でいろいろなことができるのでかなり便利なお勧めソフトです。
他力ですけどね、志を守るのは大変だ。
posted by teruterufox at 23:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間というもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月23日

竜馬は、議論はしない。

竜馬は、議論はしない。
議論などは、よほど重大なときでないかぎり、してはならぬ、と自分にいいきかせている。
もし議論に勝ったにせよ。
相手の名誉をうばうだけのことある。
通常、人間は議論に負けても自分の所論や生き方は変えぬ生きものだし、負けたあと、持つのは、負けた恨みだけである。


竜馬がいく
司馬遼太郎**********

司馬遼太郎の「人間というもの」の続きです。
司馬遼太郎は幕末や戦国時代のいろいろな人物を書いていますが、その中でも坂本竜馬は特別な思いがこめられていると思います。司馬が理想とする人間像を坂本竜馬に込めたといっていいかもしない。

日本国の未来を見つめ平和を求め常に前向きに生き、そして人間という生き物にとても心やさいい。
私もこの本を読んだとき竜馬の人間性に感銘をうけた。
本は創作の部分が多いと言われますが、実際の竜馬も残っている手紙や書簡から、地位は低いですがかなりの人物だったことは伺えます。
その資料から司馬は理想の人間像をみいだしたのでしょう。
人間にたいする希望だったのかもしれない。

天真爛漫とはまさに竜馬のような人のことを言うのだろう。
私は竜馬のような人物ではないですが、竜馬のような人物にあこがれます。
posted by teruterufox at 23:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間というもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月22日

ウホッホ

この間の日曜日に前のお店で歌を歌ったよ。

プクムクさんが笹塚の歌とゴリラの歌を作ってくれて、
前のお店でライブをやったのです。

プクムクさんは私がお店をやっていたときに、
お店の前で手作りパンを売っていた人。
自分のバンドを持っていてたまにライブをやったりします。
だから歌はプクムクさんだけれども、私はコーラスで参加、
コーラスといってもウホッホだけですけれどもね、
でも、面白かった。


動画はこちら。



笹塚の歌 ライブショー
posted by teruterufox at 01:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月17日

人間、思いあがらずに・・

人間、思いあがらずになにができましょうか。美人はわが身が美しいと思いあがっておればこそ、より美しくみえ、また美しさを増すものでござりまする。才ある者は思いあがってこそ、十の力を十二にも発揮することができ、膂力ある者はわが力優れりと思えばこそ、肚の底から力がわきあがってくるものでござります。南無妙法蓮華経の妙味はそこにあると申せましょう。

司馬遼太郎 国盗り物語 一 より

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女性の方自分は美人だと思ってください、男性は自分はカッコいいと思ってください。自分は素敵な人だと思えばもっと素敵な人になるかもしれない。仕事も自分は出来ると思ったほうがいい、出来なくてもそう思えばとりあえずやる気は出てくるのではないでしょうか。


今日久しぶりにお金を出してライブを見に行ってきました。
Bontage Fruitという歌のない楽器だけのバンド。
演奏がむちゃくちゃうまい、特にギターとバイオリンはよかった、さすがプロです。

私も中学生の時ギターを弾いていましたが、うまいと思わなかった。
やはり自分がうまいと思った人が、うまくなったことがうれしい人が将来プロになるのではないでしょうか。
posted by teruterufox at 00:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

まな板の上の鯉

今日は
まな板の上の鯉の心境を味わった。歯を抜いたのです。

先週気になっていた歯が、痛くなり、とりあえず、近くの歯医者へ行ったら抜くことになりました。
長年使っていた歯を抜くとなると、かなり寂しいです。

歯医者は一度行くと、そこで治さなければいけないですよね、
医者を選んでいる余裕も知識もないので、
あとはその医者を信用して、口をあけて待つしかない。

そう考えると、まるでまな板の上の鯉のような気分だった、
とりあえず来てしまった歯医者だけれども、大丈夫かな?
なんて思ったりして。

お願い、痛くないようにと
心で祈っていたり・・・・。

ペンチで口の中をいじられるのはやっぱり嫌だ。
20年ぶりの歯医者さん、行きたくなかった。


今、口の中に穴が開いてなんか痛いけど、
ご飯を食べていいのだろうか?
posted by teruterufox at 23:32| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

人間というもの

「釈迦は、
人間の苦悩が、その心よりおこるものであると分析し、
さらに心と、心がつくりだす苦悩を見つめきって、
苦悩からのがれようとすれば、たれもがその内面から自分をかえる必要があるとした。
心は、その心そのものが悪いのではなく、
その深奥に一ヵ所人間を苦しませる部分があるとする。
その部分から毒素を分泌しているために、人間は苦しむのである。
その部分か、あるいは毒素のことを、釈迦は妄執という観念でとらえた。」


(司馬遼太郎 十六の話 より)

司馬遼太郎の「人間というもの」を読んだ。
小説ではなく、司馬遼太郎が書いた作品の中から
心に残る言葉や台詞を集めて本にしたものです。

司馬遼太郎の人間観を凝縮した一冊、
読んでみて、ほとんど共感する言葉ばかり、
私と司馬遼太郎の人間観、人生観は同じなのかなと思ってしまった。

それを言葉に出来るのは、やはり作家としての才能があるからであろう。
ちょっとうらやましい。

沢山の台詞のかなで、特に共感したものは、覚えておきたいなと思うので、カテゴリ分けをし時折書くことにします。

ちなみに、
妄執(もうしゅう)とは仏教の言葉で、
ある特定の考えに囚われてしまう事、またはその状態を指します。
posted by teruterufox at 22:25| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 人間というもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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