2008年01月18日

鹿男あおによし

風邪なおりました、
治るとより強くなるし、しみじみと生を感じるときでもありますから、一年に一回は風邪を引くのはいいことです。
気にしていただいた方、ありがとうございます。

昨日 鹿男あおによし というドラマを見ました。
今年鹿島神宮に行ったのですが、それに関連したお話でちょっと興味深かったです。

鹿島出身の主人公が奈良に行き、鹿から日本を救うための指令を受けるという物語だそうだ。
第一話は、日本大地震の兆候となまず、そして鹿が出てきた。
鹿島神宮には要石というのが祀られていますが、それは神様がなまずの頭を押さえて大地震を防いでいるという言い伝えがありますので、おそらく原作者は要石からこの奇想天外な物語を考えだしたんじゃないかなと思います。

でも、ドラマの舞台は茨城の鹿島神宮ではなく、奈良の春日大社です。
何故春日大社かというと、
奈良の春日大社は茨城の鹿島神宮に祭られているタケミカズチミコトの神を分霊して祭られているからです。
鹿島神宮と春日大社は同じ神様が祀られているんですね。
そのタケミカズチは鹿島から奈良へ白い鹿に乗って現れたと伝承されているので、奈良では鹿は神の使途として大切にされています。
ドラマではその鹿が主人公にいろいろな指令を出すという設定になっています。
コメディですから、はちゃめちゃになると思うけども、面白そう。


ちょこっと春日大社と鹿の歴史
奈良の春日大社が創建されたのは768年、藤原氏が建てました。
第一殿に鹿島神宮から迎えられた武甕槌命(タケミカヅチのミコト)、第二殿に千葉県の香取神宮から迎えられた経津主命(フツヌシのミコト)、第三殿 天児屋根命(アメノコヤネのミコト)と第四殿 比売神(ヒメガミ)は大阪府枚岡(ひらおか)神社から、それぞれ春日大社の地に迎えて祀られています。

鹿島神宮と香取神宮は、藤原氏の出身が茨城の鹿島付近だったので、藤原氏の氏神様として分霊されたのでしょう。
その際に白い鹿の背に分霊を乗せ多くの鹿を引き連れて1年かけて奈良まで行ったとされているそうです。
ということは、奈良の鹿の祖先は鹿島だったんですね。
その鹿島神宮にも鹿がいて、そこでも鹿は神の使いとして大切にされています。
鹿島神宮の鹿園の説明書きによると、鹿の神である天迦久神(アメノカクノカミ)が天照大御神(アマテラスオオミカミ)の命令を武甕槌命(タケミカズチノミコト)の所へ伝えにきたことに由来しているそうです。

ちなみに、鹿島神宮の創建は紀元前660年とされていますので、今から2668年まえ、奈良春日大社創建の1428年も前、伊勢神宮よりも600年も前ということになります。
でもこれはありえないでしょう。
飛鳥時代以前の日本の歴史は史実をもとにした創作だと思っていい。
日本でもっとも古い歴史書として奈良時代に書かれた日本書紀や古事記の日本の歴史はかなり創作の方が多いでしょう。
もちろん神話も創作です、
ただモデルはあったんじゃないかなと思いたいですね。
神話は物語としてみると楽しめます。


鹿島神宮の鹿は奈良と違い柵の中にいました、小鹿かわいい!のんびりひたたぼっこしてた。
現在の鹿は春日大社の鹿の子孫を再び受け継いだものだそうです。
めぐりめぐって、繋がっているんですね。


080118_1.jpg
要石の入り口にいたなまず

080118_2.jpg
鹿島神宮の鹿の日向ぼっこ

080118_3.jpg
笑っています。
posted by teruterufox at 20:51| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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