2007年10月31日

ハローウィン パーティー

土曜日にハローウィンパーティーをやりました。
久しぶりにみんなで飲んで楽しかったです。

当日は台風上陸の日にもかかわらず、14人の友人が来てくれました。
小さな子供も3人来たのでそれを入れたら17人になります。
個人の部屋でやるにはかなりの大人数ですよね、でも去年は私のアフリカ人の友人も来たので25人も集まったんすよ。
その時の部屋はもう少し広かったんですけど、今の部屋では今回の人数ぐらいが限界かも、もう少し大きな部屋があるといいんだけどな。

昨年のハローウィンは仮装したのですが、今年はちょっと準備不足でやらなかった。
料理も鍋をやったのですが、ちょっと中途半端だったような気がする、何回か宴会をやっていたらなんか手抜きになってしまったようです。
料理は簡単に出来るのだから、ちょっと反省。
でもね、ハローウィンの飾りつけはちゃんとしましたよ。

こんな感じ
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お人形は友人の子の手作りです。

あとはプリントアウトしたものを貼っただけですが、
それなりにハローウィンらしい感じになりました。

やはりホームパーティはいいですね、時間を気にしなくていいし安く済む。
来年も出来ればやりたいな。
今回子供が3人来たけれども、予定ではあと3人子供が来る予定だったんだ。
子供がいると平和な感じがする。
来年は子供をもっと呼んでやるのもいいかななって思っています。


今回のパーティーではなんにも仙人さんには大変お世話になりました。
なんにも仙人さんいつもいつもありがとうございます。
posted by teruterufox at 00:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月26日

ALWAYS続・三丁目の夕日 見ました。

ALWAYS 続・三丁目の夕日の試写会に行って映画を見てきました。
今回も最後は泣いてしまった。
前作で気になっていた茶川とヒロミの話が今回で完結しますので、前回見た人は是非見たほうがいいです。

ただ、映画としては正直、前作を越えられるものではなかったです。前作は物語が自然に流れていて、本当によく出来た映画だったのでのですが、
今作はエピソードが沢山詰め込まれていて、その流れが、ちょっとあざとい感じがしたかな、ちょっと寅さん風味入っていたかも。
でも、落ち着いて楽しめるのは今作の方です。
だから、私は今作も好き。この作品は二つで一つ て感じですね。

エピソードの1つ1つはとても心温まるいい話なんですよ。
そしてその話は最後にまとまってくる・・
その辺はあまり書くとネタバレになってしまうので、やめておきましょう。

メインのストーリーは茶川とヒロミのお話、
後半部分はその物語に集約され盛り上がっていき、最後にはやはり泣いてしまいます。
みんなが期待していたとおりの結果、でも、それがとてもいい。
これで本当にこの映画が完結したなという気分になりました。
いい映画だったな。

今回の試写はお母さんと見にいったんですよ。
たまには、母と一緒に映画もいいでしょ。
60年代 私の両親が結婚したぐらいの歳かな

母の感想も、よかった と言っていました。
でもね、物語を全然理解できなかったそうだ。
周りの人が泣いていたのに、泣けない自分はボケたんじゃないかと心配していた。

映画の途中で お腹がグーと鳴るシーンがあるのですが、
自分のお腹が鳴ったのか、映画なのかわからなくなり気になったそうです。
気になる視点が母らしいです。

そんなお母さんも、女の人が泣きだす場面がとてもうまかったと感心していました。
確かにあの場面はこの映画の中で一番の名演技だったと思います。
でも何故ヒロミさんが泣いていたのか、母には理解できたかな?
よかったんだから、そんなことは関係ないか。

ALWAYS 続・三丁目の夕日はいい映画です。
三丁目の人達とまた一緒に、笑って、怒って、泣いて、
そして見終わった後に、人に優しくなれる
そんないい映画です。

冒頭でのかなり気合の入った特撮は必見、驚きます。
その落ちは、あ!寅さん映画と同じだ、と思ってしまったけど、
それはいい意味で、とてもうれしかった。
これもあまり書くとネタばれになるので、やめておきましょう。
実際に映画をみて楽しんでください。
posted by teruterufox at 16:03| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

孔子の教え

◆巧言令色(こうげんれいしょく)、鮮(すく)なし仁(じん) 

 「心にもないおべっかを使ったり、顔色をつくろったりする者には、本当に他人に誠実な者は少ない」。それに、そういう人間は途中まではうまくいっても、どこかで必ず化けの皮がはがれるゾ。
 
 
◆学びて時にこれを習う、亦(ま)た説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。

 以前に読んだ本をあらためて読み返してみると、こんないいことが書いてあったのかと再発見することがたびたびあって、とても嬉しい。志を同じくする友だちが遠方からやって来るのもまた嬉しく、人生の楽しみの一つだ。
 
 
◆過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ。

 「過ちをおかしたときは、すぐ改めよ。少しも遠慮する必要はない」。分かっていても、簡単なようでなかなか難しい。とくに立場や地位の高い人ほど、憚ってしまう。
 
 
◆過ちを改めざるこれを過ちという。 

 過ちは仕方のないこと。過ちをおかしても改めようとしないことこそ、真の過ちというものだ。
 
 
◆人の己(おの)れを知らざることを患(うれ)えず、人を知らざることを患う。 

 他人が自分の真価を知らないことを気にするより、自分が人の才能や力量を知らないことをこそ憂うべきだ。
 
 
◆故(ふる)きを温めて新しきを知る、以て師と為(な)るべし。 

 古いことを調べ尋ねて、そこから新しい発見を得られれば、必ず他人に学ばせることができよう。(有名な四字熟語「温故知新」の出所)
 
 
◆仁者は難きを先にし獲(う)るを後にす、仁と謂(い)うべし。 

 仁者は、難しい骨の折れる仕事を自ら進んで引受け、それによる利益は問題にしない、これを仁という。
 
 
◆先ず其の言を行い、而して後(のち)にこれに従う。 

 「まず、言葉を口にせずそれを実行する、その後で自分の主張をする」。弟子の「立派な人間とは?」の問いに答えた言葉。「不言実行」あるいは「先行後言?」こそが立派ということ。
 
 
◆匹夫(ひっぷ)も志を奪うべからず。 

 「匹夫」は身分の低い男。「そのような男でも志が堅固ならば、誰もそれを奪うことはできない」
 
 
◆温にして氏iはげ)し、威(い)あって猛(たけ)からず、恭(きょう)にして安し。 

 「優しい一方で厳しく、威厳はあるが威圧的でなく、うやうやしくあるが窮屈なところがない」。孔子さまの”人となり”を弟子が評した言葉。齢を重ねたら、かくありたいもの。
 
 
◆君子は周(した)しみて比(おもね)らず、小人は比りて周しまず。
 
 立派な人は、広く親しみ一部の人におもねることをしない。しかしつまらない人は、一部の人におもねって広く親しむことをしない。
 
 
◆君子に三戒(さんかい)あり 

 君子といわれるほどの者は、血気の定まらぬ若いときには色欲を戒め、血気盛んな壮年の時代には人との争いを戒め、血気が衰える年寄りになってからは欲深にならないように戒めなくてはならぬ。
 
 
◆君子は貞(てい)にして諒(りょう)ならず。 

 君子は正しいけれども、馬鹿正直ではない。
  
 
◆怒りを遷(うつ)さず。
 
 怒りの気持ちを他人に向けるようなことをしない。八つ当たりをするな。
 
 
◆其の以(な)す所を視(み)、其の由(よ)る所を観(み)、其の安んずる所を察すれば、人いずくんぞ隠さんや、人いずくんぞ隠さんや。
 
 人間の行動には、必ず動機がある。そして、その動機をどのように発展させて行動しているかを観察すれば、その人は絶対に自分を隠すことはできない、絶対に隠せない。
 
 
◆人の過つや、各々その党(たぐい)においてす。過ちを観て斯(ここ)に仁を知る。 

 人の過ちというのは、それぞれその人物の種類に応じておかす。だから、過ちを見れば仁かどうかが分かるものだ。
 
 
◆位なきことを患(うれ)えず、立つ所以(ゆえん)を患う。己れを知ることなきを患えず、知らるべきことを為すを求む。 

 地位のないことを気にせず、地位を得るための正しい方法を気にかけるべき。自分を認めてくれる人がいないことを気にせず、認められるだけのことをするよう努めるべき。
 
 
◆父母に事(つか)うるには幾(ようや)くに諌(いさ)め、志の従わざるを見ては、また敬して違(たが)わず、労して怨みず。 

 父母に仕えて、その悪いところがあればおだやかに諌め、その心が従いそうになければ、さらに慎み深くして逆らわず、苦労はあるけれども怨みには思わないことだ。
 
 
◆これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。 

 知っているというのは好むのには及ばない。好むというのは楽しむのに及ばない。
 
 
◆歳(とし)寒くして、然る後に松柏(しょうはく)の彫(しぼ)むに後(おく)るることを知る。 

 季節が寒くなってから、はじめて松や柏(ひのき)が散らずに残ることが分かる。そのように、人も危難のときにはじめてその人の真価が分かる。
 
 
◆君子は人の美を成す。人の悪を成さず。小人は是れに反す。 

 君子は他人の美点を伸ばして成し遂げさせ、他人の悪い点は成り立たないようにするが、小人はその反対だ。
 
 
◆我れ三人行えば必ず我が師を得(う)。其の善き者をえらびてこれに従う。其の善からざる者にしてこれを改む。
 
 私は、三人で行動したらきっとそこに自分の師を見つける。善い人を選んでそれを見習い、善くない人にはそれを我が身に照らして改めるからだ。
 
 
◆父在(いま)せば其の志しを観(み)、父没すれば其の行いを観る。三年、父の道を改むること無きを、孝と謂(い)うべし。 

 父のあるうちはその志しを観察し、父の死後にはその行為を観察する。そして三年の間、父のやり方を改めないのを孝行という。
 
 
◆奢(おご)れば即ち不遜、倹なれば即ち固なり。其の不遜ならんよりは寧(むし)ろ固なれ。 

 贅沢をしていると尊大になり、倹約をしていると頑(かたく)なになるが、尊大であるよりはむしろ頑なのほうがよい。
 
 
◆貧しくして怨むこと無きは難く、富みて驕(おご)ること無きは易し。 

 貧乏でいて怨むことのないのは難しいが、金持ちでいて威張らないのは易しい。
 
 
◆唯(た)だ女子と小人とは養い難しと為す。これを近づくれば即ち不遜なり。これを遠ざくれば即ち怨む。 

 女と下々の者とだけは扱いにくい。近づけると無遠慮になり、遠ざけると怨む。
  
 
◆学びて思わざれば則ち罔(くら)し。思いて学ばざれば則ち殆(あや)うし。 

 せっかく学んでも、自分で考えてみないと知識は確かなものにならない。自分ひとりで考えるばかりで学ぶことをしなければ、独り善がりになって危険だ。
 
 
◆朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可なり。 

 「朝、真実の道を悟ることができたら、その日の夕方に死んでもかまわない」。人の道の尊さを説いた言葉とされるが、一説には「天下に道理がゆきわたり、社会の秩序が回復したと聞きさえしたら、死んでもよい」との解釈もあるようだ。
 
 
◆利に放(よ)りて行えば、怨み多し。 

 利益ばかり求めるような行動をしていると、怨みを招くことが多い。
 
 
◆賢を見ては斉(ひと)しからんことを思い、不賢を見ては内に自ら省みる。 

 すぐれた人物に出会ったときは、その人と同じようになりたいなと思い、愚かな人を見たときは自分もそうではないかと反省する。
 
 
◆過ちを観(み)て斯(ここ)に仁を知る。 

 人がおかした過ちを見て、その人の仁徳が分かることがある。たとえば、真面目すぎたり勇気がありすぎたためにおかした過ちは、仁徳の表れであることを理解しなくてはならない。
 
 
◆益者三友 

 自分の利益になる三種の友だちとは? 正直な人、誠実な人、そして多くの見聞がある人。
 
 
◆知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れず。 

 知者は物事の道理に通じているから判断に迷うことがない、仁者はくよくよしない、勇者は事にあたって恐れることがない。
 
 
◆知らざるを知らずとなす。これ知るなり。 

 知っていることは知っていると認め、知らないことは知らないと認めよ。それが真の知識というものだ。
 
 
◆民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず。 
 「為政者が、すべての人民に理解させることは難しい。人民を方針に従わせることはできるが、なぜそう定めたかの理由をいちいち知らせることは、なかなか難しい」。これを、「人民はただ法令によらしむべきで、知らせる必要はない」などと解するのは誤り。
 
 
◆君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。 

 君子は、人と協調はするが雷同はしない。小人は、人に雷同はするが協調はしない。協調は大切だが、まちがった道理にはあくまで反対しなくてはならない。
 
   
◆吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(みみした)がう。七十にして心の欲するところに従って、矩(のり)を踰(こ)えず。 

 私は十五歳で学問を志した。そして三十歳で一本立ちした。四十歳であれこれと迷うことがなくなり、五十歳になると天が命じたこの世での役割と自らの限界を知った。そして六十歳になったときには、人の言葉を素直に聞けるようになった。七十歳になると、自分の思い通りにふるまっても道に外れることはなくなった。
 
 
◆其の位に在らざれば、其の政(まつりごと)を謀(はか)らず。 

 「その地位にいるのでなければ、政治のことに口出ししてはならない」。責任のない立場をいいことに、勝手なことばかり言うな、ということ。
 
 
◆後生(こうせい)畏(おそ)るべし。焉(いずく)んぞ来者(らいしゃ)の今に如かざるを知らんや。四十五十にして聞こゆること無くんば、斯(こ)れ亦た畏るるに足らざるのみ。 

 若者はおそるべき存在だ。彼らが今の我々ほどになれないなどと誰が言えるだろう。ただし、四十歳や五十歳になっても世間に知られないようなら、恐れるに足らない。
 
 
◆徳は孤(こ)ならず。必ず鄰(となり)あり。
 
 徳を守る人は孤立しているように見えるが、決してそんなことはない、必ず親しい隣人が現れるものだ。
 
  
◆君子は言に訥(とつ)にして、行に敏(びん)ならんと欲す。 

 「賢人は、口数は少なく、行動に敏捷でありたいと思う」。スピード感のある「不言実行」を説くもの。能書きばかり多いのはダメ!
 
 
◆知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し。
 
 知者は川の流れを楽しみ、仁者は動じない山の姿を楽しむ。知者は動的で、仁者は静的。知者は人生を楽しみ、仁者は寿命を全うする。
 
 
◆人、遠き慮(おもんぱかり)なければ、必ず近き憂いあり。 

 遠い将来まで見通して考えない人は、必ず急な心配ごとに悩むものだ。目先のことばかりにとらわれてはいけない。
  
 
◆己(おのれ)の欲せざるところは人に施すことなかれ。 

 「自分がしてほしくないことは、人にもしてはいけない」。弟子の「一言で一生守るべきこととは何か?」の問いに答えたもの。すなわち”思いやり”がいちばん大切!
 
 
◆成事は説かず、遂事は諌(いさ)めず、既往は咎(とが)めず。 

 できてしまったことはとやかく言うまい、やってしまったことは諌めまい、過ぎてしまったことは咎めまい。
 
 
◆君子はこれを己(おのれ)に求め小人はこれを人に求む。 

 「人格者は過ちがあるとまず自分を反省し、そうでない人は必ず他人のせいにしようとする」。
 
 
◆人を以て言を廃せず 

 どんな人の意見でも、よい意見ならば採用する。善くない人だからということで、正しい意見まで採り上げないことはしない。誰が言ったかは重要ではない。


***********************  

 ある人が言った。
 
「孔子の門人の雍(よう)は、人柄は立派だが口下手だ」
 
 それを聞いた孔子はこう答えた。
 
「口がうまいのがどれほどのことでしょう。そういう人間は口先で他人を貶めることがあり、必ず人から恨まれます。雍に仁があるかどうかは分かりませんが、しかし、口先上手というのは世の中でそれほど役には立たないと思います」 

 
 子路が孔子に訊いた。
 
「先生がもし大軍を率いて指揮なさるとしたら、誰と一緒になさいますか?」
 
 孔子は言った。
 
「私は、トラに素手で立ち向かったり河を歩いて渡ったりして、死ぬのを恐れないような無鉄砲な男とは一緒にやらない。どうしてもと言うなら、事にあたって慎重で、よく計画を練った上で実行するような人物と組むね」  

 
 子貢が孔子に言った。
 
「ここに美しい玉があるとします。箱に入れてしまい込んでおくべきでしょうか。それともよい買い手をさがして売ってしまいましょうか?」
 
 孔子は答えた。
 
「売るとも、売るとも。だけど、同じ売るにしても、私は買い手をさがすのではなく待ち続けるよ」
  

 
 魯の家老・季文子は三度考えてからはじめて実行した。その話を聞いた孔子は、
「二度考えたらそれでよろしい。考えすぎはよくない」と答えた。
  

 
 孔子が、顔淵(がんえん)と子路(しろ)に問うた。
 
「それぞれお前たちの志望を話してみないか」
 
 まず、子路が答えた。
 
「私の車や馬や着物や毛皮の外套を友だちといっしょに使って、それらがいたんでもくよくよしないようにありたいものです」
 
 続いて顔淵が答えた。
 
「善いことを自慢せず、辛いことを人に及ぼさないようにありたいものです」
 
 そして、子路が「どうか先生のご志望をお聞かせください」と言ったので、孔子は、
 
「老人には安心されるように、友だちには信ぜられるように、そして若者には慕われるようになることだ」
  

 
 李康子が、政治のことについて孔子に尋ねて言った。
 
「もし道に外れた者を殺して道を守る者をつくろうとするのは、如何でしょうか」
 
 孔子は答えて言った。
 
「あなた、政治をなさるのに、どうして殺す必要があるのです。あなたが善くなろうとされるなら、民も善くなります。君子の徳は風であり、民の徳は草です。草は風に当たれば必ずなびきます」
  

 
 魯国の君主である哀公が、孔子に尋ねた。
 
「どうすれば人民が私に服従するようになるだろうか」
 
 孔子は答えた。
 
「正しい人を引き立てて、邪(よこし)まな人々の上に位置づければ、人民は服従します。しかし逆に、邪まな人間を重く用いて正しい人々の上に位置づけたら、人民は決して服従しません」  

 
 魯国の君主である定公が、孔子に尋ねた。
 
「主君が臣下を使い、臣下が主君に仕えるにはどのようにしたらいいでしょう」
 
 孔子は答えた。
 
「主君が臣下を使うときは礼によるべきだと思います。また臣下が主君に仕えるには忠によるべきです」
  

 
 孔先生がおっしゃった。
 
「回という弟子と一日中話をしていても、彼はまったく素直で何も言わない。周りから見れば、回は愚鈍だと思えるかもしれない。ところが、彼が私の前から退いて一人になったときの様をよく見ていると、私が話したことにヒントを得て、自分なりに思い当たるふるまいをしている。回は決して愚かな男ではなく、大した人物である」
  

 
 孔先生がおっしゃった。
 
「子路よ、おまえに本当の『知る』ということの意味を教えようか。おまえが知っていることは知っていると言い、知らないことは正直に知らないと言う。それが本当に『知る』ということなのだ」
  

 
 弟子の子遊が、武城の取り締まりに任命された。しばたらくたって、孔先生が子遊に尋ねた。
 
「おまえは、誰か優秀な人材を得たか?」
 
 子遊は答えた。
 
「澹台滅明(たんだいめつめい)という人物を得ました。彼は、歩くときも決して近道を行かず、公務でないかぎりは、決してとりしまりである私の役所にはやって来ません」
  

 
※孔子について
 
 紀元前551年生まれ。
中国春秋時代の思想家・政治家・指導者。魯の大臣になり、のち諸国を巡歴、理想の道を説いた。再び魯に戻り、子弟の教育にあたりながら、経書を編集、仁を理想の徳として、実生活にも生かそうとした。漢以後もその教えは国教とされた。
 
※『論語』について
 孔子と言行や弟子たちとの問答を、孔子の死後に編集したもの。四書の一つで、紀元前四世紀ごろまでに成立、二十巻からなる。おもに孔子の根本思想の「仁」の道が説かれ、古来儒教の聖典として尊重されている。

出典:孔子さまの言葉
http://www.h3.dion.ne.jp/~urutora/kousipeji.htm
posted by teruterufox at 12:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月23日

大人は嘘つき

亀田親子の謝罪会見をみたけれども、
明らかに指示している記録が残っているのに、
私は反則を指示していない と言っている

言い訳ができない状態での、責任逃れの発言にしか聞こえずかなり滑稽だった。
亀田スタイルはいいのですが、嘘をつくと誰にも相手にされなくなりますよ。

テレビを見ると、大人の嘘が多い、
赤福にしても、耐震強度にしても、比内地鶏にしても そう。
このあたりは法律を犯しているから処罰されるべき嘘になりますが、
会見では、知らないわけないだろうみたいな、責任逃れの発言が目立つのが、聞いていてあきれてしまった。

世の中には、法律ぎりぎりの嘘はかなりあります。
特に商品を売るため、利益を上げるためには 誇大広告のような嘘をつかれていることはよくあるので、それが度をこしてしまったのが今回の事件だったのではと思わなくもない。
利益至上主義にその土壌はあるのでしょう。

大人の人は嘘をつきます。
大人の人はね、しがらみと、秘密が多い だから嘘をつくんです。

嘘の動機は2種類あると思う、1つは自分を守るための嘘、もう1つは誰かを守るための嘘。

自分を守るためのうそは非難を受けますが、誰かを守るための嘘は案外受け入れらます。

会社を守るために嘘をつく
当然世間では受け入れられないけど、社内ではそれが通ってしまうんだ。
守るための嘘は美徳として認識されることすらあります。
これは間違った認識だと私は思う、洗脳されてしまったと言ってもいい、しかし現実にはしがらみにやられてしまっている人が多いんです。

政治家が嘘をつくのは、しがらみが多すぎて、他の人に波及しないように嘘をつくことが多いのでしょう。
ヘタしたら自殺までする人がいたりします、今年6月松岡農相の自殺の背景は未だに疑問が残ります。
問題の渦中の中、なにかを隠すための自殺だったのではないかなと勘ぐったりしちゃいます。
しがらみにやられちゃったのかもしれない、
嘘がつけない人だったのかもしれないな。

先週、花田恵美子さんの不倫の話題があったけど、不倫相手は、不倫の事実を告白したけれども、美恵子さん本人は否定、
これはどっちが嘘を言っていないかというと、
不倫相手のほうが正しいことを言っているような気がするのです。
でも、世間では不倫相手を非難している。
それは不倫を告白することは相手を傷つけるから。
正直に話していても誰かを傷つけることは非難の対象になってしまいます。

こうなると、
うまい嘘をつける人が実はもてるし、そして信用される。
嘘をついても、守ってくれている、安心させてくれると、信頼感が生まれたりするから不思議なものです。
まさに、嘘も方便といったところだろうか。

こんなことつらつら書いていると嘘を容認しているようですが、そんなことないですよ。嘘も方便というのはハッキリ言って詭弁です。
嘘はつかないほうがいいい、嘘は自分の心に絶対よくないから正直でいたほうがいいです。
人に嫌われたくない人が嘘をつくけど、嫌われてもいいから嘘がないほうがいい。

嘘をつかないようにするには、
嘘をつかなければいけない状況を作らないことですね。


亀田史朗さんは反則を子供のせいにしたような発言だった、
あれはいただけない。
そして、この状況を作ったのは自分ですから、反省しないといけないでしょう。
posted by teruterufox at 13:40| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月19日

あんたみたいにデリカシーのない人大嫌い!

一平   デリカシーてなんだか知ってる?
淳之介 アメリカのお菓子かな?
一平   高いのかな?


続 三丁目の夕日の予告編を見ていたら出てきたセリフです。
デリカシーのない人て私のことじゃないかとドッキと思ってしまったよ。
私もデリカシーないですから。

以前映画三丁目の夕日を見て泣いた。
映画て本当にいいですよね〜というぐらい泣いた。
その三丁目の夕日の続編が来月公開されます。

その予告編を見ているだけで
涙が出てきてしまったよ・・・・。
物語もわからないのに
なんでかな?

あの三丁目の人々を想像するだけで
涙が出てくるんですよね。

誰もが一生懸命生きていて
人の為に怒ったり、笑ったり
一緒に悩み、一緒に考え、一緒に喜び、一緒に泣く。
人と人との交わりがとても暖かい。
そしてなによりも美しい。

映画を見ながら、いつしか一緒に喜んで、一緒に泣いている。
そして人に夕日のように美しい温かさと優しさを感じられた。

三丁目の人々の心に私自身あこがれているのかもしれない。

今の時代は便利にはなったけれども、
人と人との交わりは少なくなった
人に干渉されることも、心配されることも嫌う人も多くなった。
正直その方が気が楽なので、そう思う人が増えてもしかたがない。

でも、誰もが、心の中では人との交わりを求めているのではないかと思う。
この映画がヒットしたのは、なんかホッとする。
みんなそうなんだって思えてね。

世の中のことは、
楽しいだけじゃない、かといって悲しいだけじゃない。
便利な世の中じゃなくても"お金より大事なモノ"は実感できる。
それは、今も昔もそれは変わらない。

続三丁目の夕日 予告編
posted by teruterufox at 17:37| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

内藤×亀田 史郎×宮田 協栄×宮田

先週の内藤大助×亀田大毅のタイトルマッチ見ましたか?
私はネットのビデオで見ました。
面白かったですね。

この対決は大人と子供の対決とも言われました。
大人の対応をする内藤と子供のように威嚇をする大毅という図式、それ以外にも、いじめっ子といじめられっ子の対決という図式もあったしね、
でも、リング上ではボクシングの経験の差が歴然と出ていた試合だったと思います。
最終ラウンドの大毅の投げ技はヤケを起こした子供のようだった。
多くの人がそれを批判をするのですが、
私は、あれはあれでおもしかったですよ。

それだけ、大毅は追い詰められていたてことでしょう。
冷静さを失うほど、熱くなった現れだと思うんだ、
反則もありレベルは低いけれども、それだけ勝つことに真剣だったということで、それが見れたのが面白かった。
普通に負けたのでは亀田らしくないからね。負け方もさすが亀田流といったところだろうか。
みんなに叩かれているけれども、私としてはあのスタイルは貫いて欲しいな。その方がボクシングが面白くなる。
でも反則は二度とやらないように厳重注意が必要です。

実は私がこの試合の対比で一番おもしろいと思ったのが、
亀田大毅の父親”史郎氏”と内藤が所属する宮田ジムの”宮田博行会長”
この二人の性格がまるで正反対、
絶えず強気で強面クラスで言ったらワルのイメージの史郎氏と絶えず弱気で謙虚クラスで言ったら超真面目な宮田会長の図式。

宮田会長のことは知らない人が多いと思いますが、
対戦が決まったときの会見で内藤にどのような試合内容を望むかという質問に対して、怪我が無いような試合がして欲しい、ご両親に心配のないよう無事にリングを降りてきて欲しいとしきりに言っていた。
会見での仕草は誰が見ても気の弱そうな人に見えたでしょう。
ボクシングジムの会長なのかと驚くぐらいの、
その謙虚で弱気な発言は、死ぬ気でリングに上がれ、という史郎氏とは全く正反対だ。

でも、この宮田会長は弱気な発言とは裏腹に 意思の強さと男気があります。
前回7月18日内藤がタイトルを取ったポンサクレック戦は、宮田会長がまさに走り回って実現したカード。このタイトル戦興行には4000万の費用が必要だったのですが、その資金は0、しかし内藤にとって最後チャンスだったので、宮田会長は自分の貯金を切り崩しさらに借金をして、スポンサーを探しに駆けずりまわって実現させたのです。
借金をしてまでも、内藤に賭けることの出来た宮田会長は男気がある。

下の記事に宮田会長が「貯金を切り崩して先立つお金がありません。5万円でも10万円でもいいんです。試合当日までスポンサーを募集します」と平身低頭で訴えた。という記事があります。

金払えない!宮田ジム世界戦興業ピンチ…7・8WBC世界フライ級王座戦

今回の亀田戦でも、実は興行の内容は全て協栄ジムの条件を全て飲む形で実現したもので、宮田ジム側は金銭的にはかなりきついものだったようです。亀田戦での会見で宮田会長は恥じも外見ものなくチケットを宮田ジムから買ってくださいと自分の電話番号を書いた紙を見せていた。
そのチケットの売上が内藤のファイトマネーになるそうで、その場にいた内藤が驚いていたよ。

この試合のもう1つの対比は
金のある協栄ジムと金のない宮田ジムという構図があったんですね。

精神面だけでなく金銭面においても
内藤は亀田家のようにファイトマネーがドーンと入るわけではなく、本当にいろいろな人に支えられて勝ち取ったチャンピオンベルトだったんです


いやー本当、内藤が勝ってよかったよ。



内藤シートを購入した人に送った宮田会長の手紙
クリックすると広大画像で読めます。
071014.jpg

posted by teruterufox at 03:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月12日

オール オア ナッシング

「悩んだる人は0か100になってるから、1とか99の存在をさりげなくプレゼントできたらいいかなぁ」

友人が言った言葉、いい言葉なのでメモメモ、
この”さりげなく”というところがポイントだね。
この”さりげなく”というのがないと人は心を閉ざしてしまいます。

悩んでいる人や心の問題を抱えている人は、つい両極端な考え方をしてしまう傾向にあるような気がします。
完璧を目指してもそれが出来ないと、自分を責めたり、相手を責めたりして、結果としてうつ状態に陥る場合もある。
それは、その間の答えでは納得がいかず、苛立つか、または内にこもって悩んでしまうのかもしれません。

それは、人間関係にも影響してきて、好きか嫌いか、敵か味方が、はっきりさせたいように思うようです。
自分を受け入れてくれる人を味方、そうでない人は敵。通常は無視という形で現れるのですが、嫌いだからと一旦切ってしまえば、相手も切られたことには気づくから修復は難しい、そして、結局そういうことを繰り返してると、気が付けば、自分の範囲がどんどん狭まって一人になってしまいます。

好きか嫌いかハッキリしていることは、悪いことではないのですが、
ただ、嫌いという感情は、自分の中にある嫌いな部分を、相手に投影してしまって嫌いになっていることもあるので、一瞬立ち止まってなんで嫌いなのか考えることが必要なのではないでしょうか。友達関係や会社関係そして夫婦の関係や親子関係においてもそう。
特に家族内の関係においては、それは凄く大切、子供の心にとても大きな影響を与えるようです。

また、人間関係がうまくいかないと、うつ状態に陥ることもあり、
さらに極端には 生きるか 死ぬか の問題に発展してしまう場合もあります。

オールオアナッシングでない、存在も認めることが出来れば、少しは心が楽になるのではないだろうか・・・・?
人の心を理解することは出来ないので、余計なお世話なのですけれども、プレゼントしたいなと思うことがあります。
posted by teruterufox at 23:43| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

さよならCOLOR

さよならCOLOR

作詞:永積タカシ

そこから旅立つことは とても力がいるよ
波風たてられること きらう人 ばかりで

でも 君はそれでいいの? 楽がしたかっただけなの?
僕をだましてもいいけど 自分はもう だまさないで

サヨナラから はじまることが たくさん あるんだよ
本当のことが 見えてるなら その思いを 僕に見せて


自分をつらぬくことは とても勇気がいるよ
だれも一人ボッチには なりたくはないから

でも 君はそれでいいの?夢の続きはどうしたの?
僕を忘れても いいけど 自分はもう はなさないで

サヨナラから はじまることが たくさん あるんだよ
本当のことが 見えてるなら その思いを 捨てないで

サヨナラから はじまることが たくさん あるんだよ

本当のことは 見えてるんだろ その思いを 消えないで

その思いを 僕に見せて



***********************

友人がハナレグミがいいというので、ネットで探して聞いてみた。
ダウンロードした曲の中に、さよならColor があった
私の好きな曲で、mp3で持っていた。
でも、ハナレグミが歌っていることを知らなかったです。

You tube を検索したら、私の好きな忌野清志郎とのデュエットバージョンの動画がありました、とてもよいミュージッククリップだと思うので載せておきます。
最後に二人で笑う瞬間がいいな。
(メールの人はPCで見てね)


心に染入る歌

歌は心に潤いを与えてくれます。

posted by teruterufox at 01:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月06日

休憩空間 breakcolumn

海外ジョーク 9連発

@*******
「わが社では責任ある人間が欲しいんだ」社長が職を求めてきたフレッドに言った。
「それなら私がぴったりだと思います」フレッドが答えた。
「わたしがいままで働いてきた会社では、仕事がうまくいかないときは必ず、それは私の責任だと言われてきましたから」

A*******
ある青年が、ラクダと共に砂漠を旅していた。
しかし思った以上に長く続く砂漠に、若い青年の性欲は耐える事が出来なかった。
そこで青年は、ふと思い付いた。
「そうだ!ラクダとやろう!」
青年はらくだの後ろへまわると早速自分のモノを入れようとした。
しかしその時ラクダはトトッと数歩前へ。それに青年が近づき再びチャレンジ。
しかしラクダはまたもやトトッと数歩前へ。その後、何度も試したけど同じ事の繰り返し。
青年は行為をあきらめ、再びラクダと旅を続けた。
そしてしばらく歩いていると、なんと前方にきれいな女性が倒れているではないか!
青年は女性に言った。
青年:「大丈夫ですか?」
女: 「あ……。の、のどが乾いて死にそうなんです……」
青年はここぞとばかりに言った。
青年:「じゃあ、水をあげたらなんでも言う事をきいてくれますか?」
女: (ためらって)「はい、言う通りにします……」
青年は水をあげた。
女: 「ああ、ありがとうございました。おかげで助かりました」
青年:「よし。言う事をきいてもらうぞ」
女: 「……はい」

青年:「じゃあ、ラクダ押さえといて」

B*******
二匹のヘビが、散歩に出かけていた。
その途中、片方のヘビがもう片方のヘビに訊いた。
「オレたち、毒もってるの?」
もう片方のヘビが答えた。
「なんだい突然、もちろんさ。」
再び、片方のヘビが訊いた。
「オレたち、本当に毒もってるの?」
「ああ。オレたちゃ本当に毒もってるんだ。事実、オレたちは世界の中で一番の猛毒をもったヘビなんだぜ。 なんでまたそんなこと訊くんだい?」

「ああ、ちょっと舌を噛んじゃってさ。」

C*******
ある男が街を歩いていると、少年に呼びとめられた。
「おじさん、今一ドル落としませんでしたか?」
男はちょっとポケットを探っていたが
「ああ落としたようだ。坊や、拾ってくれたのかい?」
「いいえ」少年はポケットから手帳を取り出し、なにか書きながら言った。
「今ボクたち、この町に何人ウソつきがいるか調査しているんです」

D*******
ある早朝のこと、母親が息子を起こすために部屋に入って言った。
「起きなさい。学校へ行く時間ですよ!」
「なんで、お母さん。学校になんか行きたくないよ」
「なぜ行きたくないの?理由を言いなさい!」
「生徒たちは僕のこと嫌ってるし、それに先生たちまで僕のこと嫌ってるんだよ!」
「そんなの、理由になってないわよ。さあ、早く起きて支度しなさい」
「それじゃあ僕が学校に行かなきゃならない理由を言ってよ!」
「まず、あなたは52歳でしょう。それに、校長先生でしょう!」

E*******
「パリへ行って言葉に不自由しなかった?」
「僕はしなかった。けどパリの人が不自由してたよ」

F*******
医師「いいニュースと悪いニュースがあります。最初にどちらのニュースを聞きたいですか?」
患者「……悪いニュースのほうをお願いします」
医師「あなたの両足を、膝上から切断しなければなりません」
患者「あぁ、なんてこった!……それから、どんないいニュースがあるというのですか?」
医師「隣のベッドの人が、あなたの靴を買いたいそうです」

G*******
「旦那様、旦那様、起きて下さいませ。睡眠薬を飲む時間です」

H*******
男「君はまるでおれを犬のように扱うね」
女「あら、そんなことないでしょ?私、犬は好きだもん」

*******

以上 海外ジョーク集から
ジョークは心の潤いだよね。
posted by teruterufox at 21:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月05日

座敷わらし

幸せになりたければ、緑風荘に泊まれ

座敷わらしは岩手県に伝わる民話に出てくる妖怪または精霊で、座敷わらしのいる家は栄え いなくなると衰退するといわれています。

この座敷わらしに今も会える場所があります、
それが、岩手県二戸、金田一温泉郷にある緑風荘。

ここの座敷わらしは亀麿君という6才の子供、600年以上前に亡くなった子供で、今は家の守り神となり、亀麿君を見た人は幸福に恵まれると代々言い伝えられています。
名前と経歴がわかっているのは本人がそう言ったそうですよ。
旅館の奥座敷が亀麿君の部屋で、そこに、多くの人が亀麿君に会うために泊まりに行っています。
過去、原敬や米内光政、福田赳夫の歴代三総理、本田宗一郎氏や稲盛和夫氏、遠藤周作氏など著名経済人、文化人なども数多く訪れている。彼等は亀麿君にあったのかな?

また、ここにはオーブが沢山いて、容易に見ることができます。
オーブとは玉響(たまゆら)ともいい、自然の森や神社などにいる精霊または守護霊と言われています。

オーブは写真に写るので、旅館では他の部屋の宿泊者も空いた時間に奥座敷に案内して写真を撮らせています。
普段オーブは撮れないですからね、泊まりに行った人はこの機会に沢山の写真を撮っている人が多いから、ネット上でも緑風荘のオーブの写真を容易に探すことができますよ。
「緑風荘 座敷わらし」 で検索すると体験談もけっこう出てきますので、興味のある人は探してみるといいです。

youtubeに緑風荘のオーブの動画がありましたので下にリンクを貼っておきますね。
3個目の動画は現れては消えるいくつかのオーブがハッキリと確認することができます。
(Youtubeのロゴをクリックすると大きな画面で見ることが出来ます。メールの人はPCで見てね。)



緑風荘は今ではかなりかなり有名になってしまい、奥座敷は2年先まで予約でいっぱいなのだそうですが、他の部屋は予約可能、亀麿君は他の部屋に遊びに来てくれることもあるそうなので、幸せになりたい人は是非行って来るといいです。


これは本当の話ですが、
でも、今の、この世の中に座敷わらしがいると思うと、
なんかホッとしませんか。

神秘的な話や、幻想的な話は、
ドライな世界に住む、乾いた心、
心に潤いを与えてくれるような気がします。

貴方は信じられますか?



下に緑風荘関連のリンク

緑風荘のHP
楽天トラベル
じゃらん口コミ
金田一温泉郷HP
金田一温泉郷掲示板

緑風荘に泊まった人のブログ

Minority Inc
東北 妖怪探しの旅
たま伝.さんぞう
THIRD-EYE



Youtubeのロゴをクリックすると大きな画面で見れます。





これはオーブがハッキリみえますよ。

亀麿君の友達かな?
posted by teruterufox at 14:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月04日

どんどはれ

前回の記事でNHKの朝ドラ「どんと晴れ」のことをちょっと書きましたが
この物語は岩手県盛岡のお話、私の両親が両方とも岩手県出身だから母はこのドラマを楽しみにしていました。

どんと晴れは岩手県の方言で、「どんどはれ」とも言い、
その意味は、めでたしめでたし、という意味です。
どの昔話の最後にも、どんどはれ、と言ってお話が終わるので、とても印象深い言葉なんですよ。

私がこの言葉を初めて聞いたのが、小さいころ父からです、
桃太郎とかカサじぞうとか、今ならだれでも知っている物語を話してくれて、
最後にどんどはれ、と言っていました。
お酒に酔っていない時はいいのですが、酔っているときは、臭くてね、その時は正直いやだったけど、小学校ぐらいになると父も話してくれなくなったのがちょっと淋しかった記憶がある。

本来の昔話は、大人向けというかかなりハードな内容のものなのですが、子供に話すときはかなりソフトに脚色されていて、昔話は教訓話として子供達に伝えられています。
子供が物事の善悪をまず最初に覚えるのは昔話からではないでしょうか。

そして、全ての物語は、事件や苦労があって最後にどんどはれで終わります。
今考えると、それは、昔から子供達に、最後にはめでたしめでたしになるんだよと教えてくれているんじゃないだろうかと思える。

現実には世の中、めでたしめでたしでない事も多々あります。
あるけれど、それもまだ途中で、最後にはめでたしめでたしに持っていかなければいけないんですよね、
じゃないと終わらないんです。
私自身も、めでたしめでたしの方向へ向かっていないなと思ったら、方向を変えなければいけない。
私にとって、それが、全てのお話に使われる どんどはれ の教訓なのかもしれません。

岩手の民話で有名な話に、座敷わらし というのがあります。
NHKの朝ドラ「どんと晴れ」でも 座敷わらしが出てきますので、知っている人も多いかと思いますが、
岩手にはこの 座敷わらし が今でも実際にいます。

その話を次の記事で書きますね。
posted by teruterufox at 02:07| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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