2006年02月27日

千葉のおじちゃん

昨日私のおじちゃんが亡くなりましたので、今日おじちゃんの家に行ってきました。
明後日がお通夜で明々後日が告別式になりますので、ひょっとしたらお店を休むかもしれません。

おじちゃんは
私のおじいちゃんの兄弟ですからもうかなりの歳、97歳だったそうです、欲を言えば100歳まで生きてほしかったですが、3〜4年ぐらい前から寝たきりになっていたので無理をしても体によくない。100歳までは生きられなかったですが十分大往生だったと思います。

今日安らかに眠っているおじいちゃんの顔を見てきたのですが、私が初めておじいちゃんを認識したときとほとんど変わりがなかったのが驚き、おそらく私が初めておじいちゃんを認識したのは10歳ぐらいの時だったと思います。今から30年ぐらい前ですからそのときおじいちゃんはもう70歳近かったんですね。そのときからおじいちゃんの顔をしていましたが、30年たってもほとんど変わっていなかったんです。
97歳だというのに肌のツヤがよくってシワが全然ないのも驚き。化粧は多少してあると思いますが、肌を引っ張っている様子はなかった、白い肌にシミもないのでとても綺麗な顔をしていました。
生きている人の方がシワが多く肌のつやも悪いような気がしたくらいです。

私がおじいちゃんを始めて認識したときにこの人は暖かい人だなと思った。あまり話しはしませんが千葉のおじいちゃんの周り半径5mは穏やかな空気が流れているそんな感じでしょうか。
親戚の人は先生とは呼ばないですが、他の人は先生と呼んでいました、なんの先生かというと、五井昌久という人と白光真宏会というのをやっていました。よく神社仏閣に「世界人類が平和でありますように」という杭がありますが、その杭を立てている団体です。内容は分かりませんが、とりあえずその宗教らしきものの先生だったらしい。

おじちゃんは健康には自信があったようです、90歳近くまで国内や海外を歩きまわっていました。それを考えたら私なんてまだまだだなて思えます。
ただ、おじちゃんは健康には気を使っていた人ですが、私は全く気を使っていません。
私もおじいちゃんのように90歳まで健康に国内や海外を歩きまわるには、そろそろ健康に気を使わなければいけないかなと、シワのない顔を見てそう思ってしまいました。

千葉のおじちゃんお疲れ様でした、安らかに眠ってください。


世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命がまっとうされますように
守護霊さまありがとうございます
守護神さまありがとうございます



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posted by teruterufox at 21:12| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月26日

写真日記

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誰もいなくなった家の中です。
まるで、廃墟のような感じ、先日までは暖かかったふいん気が嘘のようです。

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最後の住人が最後の日に書いた壁の絵です。
アフリカの絵ティンガティンガの絵を意識しています。
とてもうまく書けているので記念に撮りました。

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家の近くで南国の木?を発見!
いままで、毎日通っていたけれども、こんな木があるなんて気がつかなかった。

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商売仇?
お店に来る途中で子供たちがリサイクルの洋服を売っていました。
裏通りで人はあまり通りませんが、でも2枚売れたと言っていました。

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よくお店にくる子供たちなので一緒に記念撮影。
子供がVをしてるので、私もV!

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さらにお店への通り道で、梅の花を発見!


もう春ですね。
posted by teruterufox at 01:26| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

家の最後の日

今日 私の住んでいるところから最後の住人が引越しをいたしました。
家は無人になり、そして、電気、ガス、水道のライフラインを止めると
家はその活動を停止しました。
寒く暗くなった家にはいると、この家はこれで終わったんだなとしみじみ感じます。

この家にはいろいろな人を迎え入れ優しく包んでくれました。
この家の歴史からいったら私は短い間でしたが大変お世話になりました。
いままでご苦労様でした。
ありがとうございます。
posted by teruterufox at 19:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

土地の値段

普通の人が一番高い買い物てやっぱ家で、その家を買うというのはとても大きな決断が必要です。
私は友人の家に住んでいたのですが、その友人が今年になってから建替えを思いついた、しかしその決断というのは大変なものだったんじゃないかなと思います。

今日来たお客さんが都心からすこし離れたところに家を買って引越したという話をしていた、35年ローンとかでずーとお金払っていかなければいけないそうで、それを決断にはものすごいパワーがいたそうです。
でも月のローン金額は10万以下と言っていたから、笹塚でアパートを借りるのと同じ位、それを考えたら家は借りるより買ったほうがいいですよね。
ただ、35年という人生の予定を決めると決断するのに勇気がいるんだなと思います。
でも途中で売ってチャラにすることも出来なくないので、余裕のある人は家は買ったほうがいいです。

夢のマイホームというくらい家というのは、夢が詰まっています。だから家のことを考えると楽しいし、実際に家を建てるときはその夢が膨らんでくる、どんどん膨らんでそして金額も膨らみます。
友人の話を聞いていると最初の予定価格よりずーと高くなってしまったのでちょっと心配になってしまったりしました。
ただアパートにすることでそこからローンを支払えるのでなんとかなります。
自分の住む家でローンを払うのは大変ですが、アパートにすることで、そのローンを自動的に払うことが出来る。
いわゆる土地の資産運用ですね、土地を持っているとやっぱ楽ですが、それを生かせばもっと楽になるということです。
そう考えると土地の資産運用てなんか良いシステムだなとちょっと思いました。
土地を持っていなければ使えない技ですけどね。

そこで、負け惜しみではなく素朴な疑問なんですが、
私はなんで土地というものにお金が掛かるのか不思議でしょうがないんです。
土地というのは物のように誰かが苦労して作ったものではないはずですし、地球というのは本当はだれの物でもないはずだから、だれがどこを歩こうが座ろうが寝ようがいいはずです。
原始の時代土地に値段を付けてはいなかったと思うのですけれどもね、それなのにいつのまにか値段がついている。
多分気の強い奴がここの場所は俺のものだ、だからここに入るやつは俺に挨拶をしろと言い出したんだろうな。
そしていい場所は沢山人がくるから、その場所を譲るのに交換条件を求めたのかもしれない。

田舎の親戚の家の裏に山があるのですが、この山その親戚の人の山だと言っていた。その裏山から山岳地帯が始まっているので周りは延々山なんですよね、だから遠くから指をさしてあそこからあそこといってもよくわかりません。山に線があるわけではないし、いったいどこからどこまでが自分の物とと誰が決めたんでしょう?先祖から引き継いでいる土地ですから、決して買ったものじゃないと思います、でも自分の物なんですよね。
誰が決めたんだろうとちょっと不思議です。

せめて、手の付けられていない山はみんなの物であってほしいなと思ってしまいます。
posted by teruterufox at 00:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

引越しました。

今私の住んでいる家が建替えをしますので、
仮に借りた部屋へ引越しをしました。
今まで住んでいた所は今月の28日に建物を壊します。

あの家では宴会などもやったりして何人もの私の友人が訪れています。
みな一様にいうのは、あの家はなんか和むということ、
確かにあの居間でお酒を飲むとなんかまったりとしたふいん気になります。
先日、アフリカ人の友人のルーシーから電話があり、家壊す話をしたら、
「あの家なんか落ち着くんだよね 残念だね」 と言っていた。
アフリカ人でもそう思うんですね。
昔の作りですから、木をそのまま使っているのが落ち着きをだすんじゃないかなと思います、
それと古い家ですから、歴史が詰まっているんでしょう。

確かに残念なのですが、でももうオンボロです。
外見もオンボロなので周りの建物からすると明らかに見劣りがします。
だから残念ではありますが、建替えは時間の問題でした。

新しい家は4ヶ月後ぐらいになるのではないかなと思います。
今回引越しをしたところは仮に借りたところですので、新しく出来たアパートに戻ることなります。
ただ、新築のアパートとなると借り賃が高くなるので、倉庫の部分を荷物置き場として借りることにしました。そこに寝るスペースを作れればいいなと思っています。ただ出来てみないとわからないのですが狭いようならまた横浜から通うか、住居としての安いアパートを借りようかなと思っています。

みんなが集まれる家てなかなかないですよね、でもあるといいなと思う。
だからもし私が沢山お金を稼ぐことが出来たら
そんな家を作りたいなと思います。

みんな壊す前に、一度また宴会をしようと言っていますので、なんにも仙人さんとの時間の調整がつけばやろうと思っています。
posted by teruterufox at 00:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

ホテルルワンダ2

一昨日ホテルルワンダの映画の記事を書きました。
私には特別な思い入れもありましたが、他の人はどうかなと思って、ネットで他の人のプログなどをチェックしてみたら、かなり評価は高いようで、とにかく多くの人に見てもらいたいという感想が多かったです。私もそう思った。

面白かったコメントが、「この映画を見て、地獄の沙汰も金次第ということを再認識した。」 というのがありました。物語の最初の方に主人公のポールが妻や隣人を助けるのに賄賂を使うシーンがあるのですが、そのときお金がなければこの物語はそこですぐ終わったしまったという発想。
たしか、シンドラーもお金で労働者を得る事によって多くのユダヤ人を助けたんですよね。
お金で人の心を買えませんし、ホリエモンみたいにお金が全てではないですが、でもお金で人の命を救うことが出来ます。よい治療を受けるのもお金が掛かりますからね。
お金で人の心を買おうとすると、人もお金もその価値は低く見られがちです、単にお金だけの話をするとホリエモンみたいに思われちゃうけど、でもお金で人を救おうとするのであれば人もそのお金も多くの人に認められた価値をもってくるんでしょね、当然の話なのですがこのコメントを読んで改めてそう思ってしまった。

それと一昨日の記事で、この映画で社会情勢が描かれていないのが難点と書きましたが、シナリオ段階であった社会情勢の話を監督はあえてバッサリと切り焦点をポールの家族と隣人に絞ったということです。

ポールは強い意志を持ったスーパーマンでもヒーローではありません、どこにでもいる普通の人として描かれている、そして最後まで普通の人だったと思うのですが、むしろそれがこの映画のもっとも大きな魅力になっています。
ほとんどの人は普通の人なんですよね、だから自分と重ね合わせ極限状態におけるポールの行動や考えに共感が持てるんです。

そうゆうどこにでもいるポールを描くことで、
この映画を見て、アフリカを今すぐどうのこうのというのではなく、
この映画を見た人達がそれぞれの立場で出来ることをしてほしい。あなたの周り、家族、隣人を考えてほしいという不変的なテーマがこめられているそうです。

ポールは彼の立場で彼の出来るだけのことをしました。
今の私に何が出来るだろうかと考えたのですが・・・・・・
とにかく、このお店をどうにかしなきゃね。


余談ですが、私の親友のなんにも仙人さん(以前お店を手伝ってくれたので、知って人もいると思います) 彼がタンザニアにあるルワンダの難民キャンプで活動をしていたのですが、ニュースステーションの番組の中で彼の活動が特集で紹介されたことがあるんですよ、なんにも仙人さんこの番組では情熱的な熱血青年としてかっこよく紹介されていました。
posted by teruterufox at 23:52| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月01日

ホテルルワンダ

今日の午前中 映画 ホテルルワンダを見てきました。
東京では1ヶ所でしかやっていないんですよね、だから、凄く混んでいた。
ホテルルワンダのことは昨年一度記事を書いたことがあります。

ホテルルワンダの過去記事

なかなか公開されなくて、ホテルルワンダ日本公開を求める会 というのまで出来たぐらい、日本での公開は容易ではなかったようです、私も見てみたかったので公開されて良かったです。

内容はルワンダのホテルの支配人がルワンダの虐殺の対象になった人たちをホテル内に匿い助けた物語、
実話です。

非常に重い映画といえます。とにかく重い そんな映画だった。

出来ればある程度の知識を持って見た方がいいかなと思いました。社会情勢がまったく描かれていなく、あくまでも支配人の目線で描かれていて、何がどうなったのか全く説明がないのが難点といえば難点のような気がしたのです。また、映像とかカット割りなどトータルで考えたら、映画そのものとしての出来は決してよくなかったとは思う。

しかし、
そんなことよりこの映画を作る事に、そして見ることに意義のある映画でした。
この映画の持つ意義はとても多く、映画の根底に流れるメッセージを深く胸に刻む必要があります。
だから、全ての人に見てほしい映画です。
私はこの映画を見ていてマザーテレサの「愛の反対は無関心である」という言葉をおもいだしました。

地球上の勝ち組民族の無関心に対する皮肉や苛立ち、そして、国連や国際社会の無力さを訴えた映画とも言えます。
アメリカ主導の国連ではアフリカは無視されれていたのです。
もちろんアメリカにはアメリカの事情がありました、その当時ボスニアでの紛争も抱えていたし、前年のソマリアでの平和維持軍の失敗の教訓や世論などがあります、日本においても日本の事情がありますので、各国のご都合主義は理解できます。しかし、ルワンダの大虐殺と同じ時期の1994年4月国連の指示によるボスニア・ヘルツェゴビナへのNATO軍による大規模な空爆などの軍事介入にくらべると、アフリカの優先順位は無視されたに等しいほど確実に低かった、それがアフリカの現実です。

この映画を見る人はこの映画で起こった出来事は現実にあった出来事だということを踏まえて見てほしい、そうするとこの映画はさらに重みを増します。

映画は国際社会への警告とともに、人を排除するという人間の悪の部分と、人を受け入れるという人間の良心の部分も描かれています。
主人公のポールが自分たち家族がトラックで逃げ出せる直前に「この人達を見捨てることは出来ない」と自分だけホテルに残る場面は感動的だった、しかし、それは家族4人で生き抜こうという妻との約束への裏切りでもあったんです。普通なら一緒に脱出すべきですが、あの場面は人間の直感的な良心を表したものだと感じます。
そう人間には良心があるのです。それもこの映画のテーマです。

この映画はホテル内の話を軸にしていたので、それほど虐殺のシーンは出てきません、しかし、現実にはもっと悲惨な状況だった。ホテルに入り生き残ることが出来た人たちよりも遥かに多い80万もの人たちがホテルの外で亡くなったのですから。本来その人たちが主人公として見なければいけない映画かもしれません。

現実の悲惨さは映画に比ではないです。
ずーと前にNHKでイギリス制作のドキュメンタリーをみたことがあるのですが、それはナタで人々の首を落とすシーンが映っていたのが強烈印象として残っている。そのドキュメンタリーはもちろん実写です。
そのシーンは隠し撮りで写されたもので、そのカメラマンはまさに死を掛けての撮影だったんだと思います。
ジャーナリストとしての意地感じました。

映画の中でカメラマンが外で撮影した映像をちょっとだけ映すのですが、それはそのドキュメンタリー映像似てたような気がする。映画ではこの映像を配信することにより国際世論を向けさせようと期待するのですが、カメラマンは「いや、この映像を(夕方のニュースで夕飯を食べながら)見て、みんな『うぁ、恐いね。』と言って、きっとそのままただ食事を続けるだけだよ」と言います。それも現実であり非難も出来ないのですが、その言葉は映画を見ている人達に突きつけた言葉だったと思います。

私は、ルワンダの虐殺に関しては先のそのBBCのドキュメンタリーとNHKの作ったものを見ています。
1998年放送のNHKスペシャル『なぜ隣人を殺したか〜ルワンダ虐殺と煽動ラジオ放送〜』 という番組。映画のかなでもラジオ放送が虐殺を扇動する役目をはたしていましたが、そのラジオDJがNHKのインタビューに応じていた興味深い番組。
NHKはなかなか頑張っているなと思った、このような番組を作るのも世論を伝えるメディアが存在する意義なんではないかなと思います。



日本は虐殺事件後のルワンダ難民のためのPKO活動を隣国ザイール(現ゴンゴ)にて実地しました。


ホテルルワンダ公式HP
posted by teruterufox at 22:59| 東京 ☔| Comment(3) | TrackBack(48) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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