2005年03月31日

ワルツ プカプカ

今私は大塚マサジの「風の学校」というアルバムを聞いています。
なんか心が落ち着く感じがする、そんなアルバムです。
カルメンマキですらマイナーの歌手なのに
大塚まさじといったら本当に誰もしらないかもしれない。
でも私はなんとなく好きでよく聞いています。

何故このアルバムが私のところにあるのかというと・・・・・・
先日 私はカルメンマキのアフリカの月が好きだと書きました。
そしてこの歌を作った人が知りたくて、調べると作曲が西岡恭蔵という方、作詞は奥さんのKUROさん、西岡恭蔵は昔昔 デュランU というグループを作っていました。
そのメンバーの一人が 大塚まさじそれで、アフリカの月 を歌っているアルバムを探した、
大塚まさじが歌っていた。彼のベストアルバムを購入してお店で聞いていたら、私アフリカの友人がいいからとCDコピーをしていった。
彼は北海道に住んでいるのですが、その彼の友人が大塚まさじの別なアルバムを持っていたのを見かけ、それをコピーして私に送ってくれたのです。そして今そのアルバムを聞いている。

最近私は歌を聞くとき歌詞を気にするようになりました。
あ! この歌詞いいなと思って好きになることがあります。
アフリカの月はどんな人が作ったのかなと思って調べてみたら西岡恭蔵にたどり着いた、他にどんな曲を作っているのかなと思って調べてみてびっくり、矢沢永吉の「黒くぬりつぶぜ!」や「トラベリンバス」は彼が歌詞を作っていた。
中学生のころ私は他の人の例に漏れず私も矢沢永吉の曲をよく聞いていました。特に「黒くぬりつぶせ!」の歌詞は好きでこの曲を聴いて心を高ぶらせていた。トラベリングバスは
永ちゃんの代表曲ですね。
キャロル解散後の矢沢は作詞家に西岡恭三や松本隆を起用していたようです。
それでキャロルという若者の歌から大人の耳に耐えられる曲作りに成功してヒットしたんだと思います。
その当時の矢沢が一番よかったんじゃないだろうか。その影に西岡恭三がいたとは・・・・・
最近アフリカの月を聞いた私は西岡恭蔵に20数年の時を越え再開したことになります。

実は西岡恭蔵は6年前に奥さんのあとを追って首をつって自殺をしています。奥さんのKUROさんはさんはその2年くらい前に癌で亡くなっていました。KUROさんは亡くなった時に追悼コンサートも行われたぐらい人気があったようです。アフリカの月も奥さんのKUROさんが歌詞を書いています。西岡さんが亡くなったときも追悼コンサートが行われています。今年もZOさん(西岡恭蔵)の唄、KUROさんさんの詩 として追悼コンサートが
行われるみたい。

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ZOさん(西岡恭蔵)の似顔絵
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KUROさんの似顔絵
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二人の似顔を見ているとなんかほのぼのしていていいな
なんて思ってしまいます。


天国のZOさんとKUROさん
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実は、ワルツ、プカプカ のことを書こうと思ったのですが
また、続きということで・・・・・。
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2005年03月30日

食事2

昨日食事の話の中で写真を撮ったという話を書きましたが、その一部の写真を載せてみました。今はほとんど料理していませんが以前は、こんな感じの料理を作って食べていました。しょうもない雑な男やもめの料理ですが、自分で味付けをするから美味しく感じた。また料理を作くろうかと思います。
写真はクリックすると広大します。
(コロッケもあるけれどもちろん自分で揚げたものです。)


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2005年03月29日

食事

この日記はいつも帰る前にお店で書いています。大体30分ぐらいをめどに書いていたのですが、最近は書く時間が無くなってきてちょっと手を抜いています。 最近は5時ぐらいに寝て11時か12時ぐらいに起きるようになりました。なんか時間がずれていて健康にはよくなさそうですね、それと食事は昼の1食にしています夜は本当におなかが減ったときに食べるのです それとたまに差し入れがあります、それは本当にありがたいと思う。
ありがとうございます。
基本的に私は通常夜は食べません、家にかえって食べるのが面倒になってしまったのです、そのまま寝てしまえば食べなくても大丈夫。以前は2回食べていたのですが、1回に慣れるとそれでも大丈夫になります。
それと私は外食はしません、お惣菜も買わず自分で作って食べているのですが、料理を作るのは好きなほうなのでそれは苦にならないほうです。以前自分で作った料理の写真を撮っていました。たいした料理ではないのですが、今日は何を作ろうかな?と思うようになりなんかそれが楽しかった。料理を楽しみたいと思ったら自分で作った料理の写真日記を作るとバラエティーが増えるかもしれませんね。
今は一食でそれも簡単に済ましてしまっていますが、また時間の余裕ができたら手料理の写真を撮りたいなと思っています。
しかし、私が一日一食で大丈夫なのは、私がほとんど動いていないからですね。
私が今自分の健康で気になっているのは、私はほとんど座ってばかりいて体を動かしていないこと。
今日はやることがあって12時に来たのですが、もう4時近いということは16時間お店で座っていことになります。
通常でも12時間以上座っているのですが。よくこれだけ座っていられるなと自分でも思ってしまうぐらい本当に健康によくない。

今回お店を変えるにあたってやらなければいけないことあります。なかなかそれが進んでいないのですが、その中でも一番はこのお店の商品の整理、ここはもう倉庫状態で私の作業所という感じになってしまいお店という感じではない、そして私のやっていることも販売員の仕事じゃなくなっているので、ここじゃなくてもいいんじゃないかなと思っています。 それも含めて今回いろいろと考えています。
posted by teruterufox at 04:26| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月28日

夜型・・

夜型だな・・・・・、これから帰って寝るのですから・・・。今朝の4時45分ですがそろそろおじさんが出勤の時間です、5時過ぎまでいると、声を掛けてくれます。このおじさんもこのお店が好きで仕事が終わってからよく訪れてくれる。仕事は午前中で終わるそうで、健康的でいいですね。 今日は遅いので日記短めです。 
posted by teruterufox at 04:49| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月27日

眠い

眠い!  でもまだやりたいことが残っているのでもうちょっと・・・・・。
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2005年03月24日

おばあちゃん

突然ですが、今今後どうしようか考えています。
以前、便利屋の関係でお店の状態が変わると書きましたが、お店をどのように変えるか考えているのです。
考えなきゃと思って1ヶ月か経っているのですが、まだ具体的なことが決まっていない。目標としては便利屋とリサイクル販売を兼ねてやっていくことなのですが、私の中では個人商店から事業としての会社移行する道筋を今回立てたいと思っています。その中で一つ私が決めているのは、私がこのお店からいなくなることです。その後どうやってリサイクルと便利屋をやっていくかでいろいろな人の意見が分かれている。それを具体的にまとめなければいけないのが今の私の考えていることです。
私がこのお店からいなくなることをお客さんにも話ているのですが、もう来ないという人もいる・・・・うれしいやら悲しいやら・・・・・こんな気楽にお店の人(といっても私だけですが)とお客さんが話しをするお店て他にないですからそれがよかったと思う人は淋しいと思います。 でも逆を言えばお店に魅力がないともいえる。私がいなくてもお店に魅力があれば人は来ますからね。誰がいても来てくれるようなお店でないといけないなと思っているのです。委託をどうやるかもお客さんの意見も聞いています。私がいないとなるとやり方も変えなければいけないのです、一つの案として完全なネット販売への移行を考えています。もしこのお店を知っていてなにか意見がありましたらコメントにでも書いて見てください。

先日、たまに来るおばあちゃんが車椅子に押されて来ました。このおばあちゃんは私の顔を見に来るのです。耳が遠く目も悪くなっているのですが、車椅子を押してる娘さんはお兄ちゃんの顔を見ると安心するのですよと言っていた。私は何もしていないのですがありがたい話ではあります。でも先日は少し気になった。というのはおばあちゃんが私にしきりにお礼お言いたいというのです。言葉がはっきり話せないのですが、お世話になりましたといっていることがわかります。私は何にもお世話してないから気にしなくていいよと言ったのですが、とにかくお世話になりましたといっている、そして娘さんにお礼をするように言っているようです。言葉がはっきり話せないのですがそれはわかった。娘さんもお礼をしてくれるのですが、それじゃたりないようでおばあちゃんがダダをこねるようにつたない言葉と大きな声で訴えかけます。娘さんも困ってしまってまた今度来るからねとおばあちゃんをなだめます、私もおばあちゃんまた今度ゆっくり来てよと声を掛けましたが、おばあちゃんは言葉にならない言葉でとにかく何かを訴えかけていた。ありがとうといいたかったんだと思います。私はおばあちゃんの手を握ってまた今度来てよとなだめるしかなかったのですが・・・・途中から私はおばあちゃんがお別れを言いに来たんじゃないかなと思い始めてしまいました。気にしてもしょうがないのですが、ひょっとしたらな?と思っています。

昨年、以前このお店に来ていたアケミちゃんというおばあちゃんが亡くなりました。アケミちゃんには子供いるはずですが、絶縁しているようで一人で暮らしていました。老人ホームのショートステイの時に亡くなったのですが、亡くなったことは近所人も知らずおそらく子供にも知られず区の方で対応してくれたようです。
本当に人知れず亡くなったといっていい。このアケミちゃんはかなり癖の持ち主、一癖もふた癖もあるおばあちゃんでヘルパー泣かせの人だったのですが何故か私のことをかわいがってくれた。といっても3年ぐらい前から寝たきりになってしまったので私がたまに行っていたのです。昔から人を信用するような人ではなかったのですが、2年ぐらい前から妄想が出はじめ猜疑心がかなり強くなっていきました。でも私はそんなアケミちゃんから学ぶものがあった気がします。おそらくこのお店をやっていて私が一番お世話になったお客さんはアケミちゃんだと思います。私はアケミちゃんにまだまだ未熟者だなと言われたことがあります、それが印象に残っている。亡くなる2〜3週間前に会っているのですが、その後は合っていなかった。先日のおばあちゃんのことからアケミちゃんを思い出してしまいました。

アケミちゃん ありがとう。
posted by teruterufox at 05:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月23日

カルメンマキのライブ行ったよ

今日の日記はカルメンマキのことばかりで知らない人にはごめんなさい。

昨日はやっぱりカルメンマキのライブに行ってきました。
8時からでしたので7時にお店を閉めてバイクで行ったのですがやはり場所がよくわからなくて着いたのが8時半もう始まっていました。ところでライブといったらコンサート会場やライブハウスを想像すると思うのですが、この日のライブは本当に飲み屋さんだった。だからそんな広くないというか狭いです。テーブルとイスのあるスペースは15人ほどしか座れません、あとカウンター席に8人ぐらい座れるかな? そんなところですからいっぱい入ったけども40人もいなかったんじゃないかなと思います。目と鼻の先で歌っていたので本当にプライベートなライブといった感じです。さらに楽屋などないし禁煙になっていたのでタバコを吸うのに私も外に出て吸ったしマキさんも鬼怒さんも外で吸っていました。本当にアットホームなライブだったです。鬼怒さんのギターは本当にうまい、少なくとも私の実際に見たことのあるギターリストとしては一番うまいと思いいます。特にLilly was gone with window pain という曲は圧巻だった、今まではバンドでのヘビーロックバージョンは何度も聞いているのですが、フォークギター1本であそこまで迫力のある音の世界を表現できるとは・・・これを聞いただけでも今日来たかいがありました。カルメンマキはサラマンドラというバンドを持っていますが、鬼怒さんもそのメンバーの一人、実はこのサラマンドラは一人一人がリーダーバンドを持っていてその実力はとても高い、初めてサラマンドラの演奏を聴いたとき歌がなくてもいいなと思ったぐらいです。

マキさんの方はいつものように落ち着いた感じ、今日はゆったりと歌っていた気がします。私が何故カルメンマキが好きなのかというと・・・彼女の歌のスピリットが私の心の変化に合うような気がするのです。
今回新しい曲として バーフライという歌を歌いましたが、酒に溺れて落ちていく男と人生に幻滅をした女性が場末のバーで知り合い恋に落ちる歌・・・なぜか昨日の私はそんな歌が聞きたかった気分だったのです。 そして最後に歌った歌は 「アフリカの月」 この歌は本当に私の心に響きます。この歌をきっかけに私はまたマキさんの歌を聞き始めたといっていい、3年前20数年振りにマキさんのライブに行ったとき初めてこの曲を聴いた、その時も最後にこの歌を歌ったのですが、その時その歌を聴いていたら私は涙が出てきた・・・・・なんで彼女はこの歌を歌ったのだろうか?と疑問に思ったくらいです。 おそらく他の人にはわからないかも知れないけれども、アフリカを旅したことのある私はとても感じるものがあったのです。おそらく世界をそして冒険の旅に出たことのある男なら感じることができる歌でしょう。
昨日の「アフリカの月」は自然な感じで特によかった。バンドバージョンでも歌うのですがやっぱりこの歌はアカペラで歌ったほうが自然と心に入ってくる。



一昨日は私の誕生日でした。よくお店に来てくれる人がケーキを持ってきてくれてお祝いをしてくれました。誕生日をやったのは何年振りだろう、誕生日はやらないんだよとか言っていたけれども本当にうれしかったです。 ありがとう。



 アフリカの月 


古い港町 流れる 夕暮れの口笛
海のにおいに恋した
あれは遠い日の少年

酒場じゃ 海で片足 失くした おいぼれ
安酒に酔って
唄う遠い思い出

俺が旅した若い頃は
よく聞け若いの
酒と女とロマン求めて
七つの海を 旅したもんさ

母さんは言うけども 船乗りはやさぐれ
海に抱かれて 年をとり
あとは 淋しく 死ぬだけ

僕は夢見る 波の彼方の
黒い大陸
椰子の葉陰に踊る星くず
見上げる空には アフリカの月

古い港町 流れる 夕暮れの口笛
海のにおいに恋した
あれは遠い日の少年
あれは遠い日の少年




作詞 KURO 作曲 西岡恭蔵



posted by teruterufox at 04:23| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月20日

飲み会

今日は茨城から友人のなんにも仙人がきました。アフリカにいた友人も来ましたので飲み会に誘われたので今日はもう帰ります。
といういかもう2時ですね・・・・さっきまでヤフオクに出品したものが落札されたのでその案内メールを書いていた、10時ぐらいから書き始めてそれを出してから帰ろうと思ったのですが、1時近くぐらいまでいろいろな人が来て書けなかったのです。
仙人は夜更かしだからまだ飲んでいると思うのでこれから飲み会です。
それと先ほどなぜか花をもらった、ただたんに物を買ってくれたお客さんが送別会か何かの残りの花を持っていて、いらなからとそれをくれただけですが、今考えてみると今日(20日)は私の誕生日でした。もちろん通りすがりのお客さんはそんなこと知るわけないですよ。



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posted by teruterufox at 02:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月16日

Carmen Maki in Real Life


君はいつも忘れた頃にやって来て
私の心をいたずらにかき乱すんだ。
相変わらず過去のノスタルジーから抜け出せず
現実を直視しようとしないんだね。
こわがりで、変化を怖れ、自分と異質なものを受けいれよう
としない。
大人になることは多くのものを失うこと、いろいろなものあきら
めること、と思っているみたいだ。

あ・・・・・いや、君のことを言っているんじゃない。
あちこちに居る君達のことさ。

もっと本気で生きてみれば? 何かひとつでもいい。
本気で愛する、本気で話をする、本気で口説く。
本気でSEXする、本気で勉強する、本気で働く
本気でギターを弾く、本気で走る、本気で悩む
本気で守る、本気で助ける、本気で楽しむ・・・・・・・・・

それは本気になったら大変だ。覚悟は必要だよね。
だって、何かを犠牲にしなけりゃならなかったり、
リスクをしょいこんだり、
すごい打撃を受けて落ち込んだりすることってあるだろう。

だけど、すごく面白い。でふわふわ生きているよりずっと面白いよ。
しょい込むものがある方がステキだ。
それを不自由と考えるより、それがあるから元気が出たりもするんだ。
それに、しょいこむものが何もないからといって、
本当に自由とは限らない。それから、しょいこむ必要の
ないものをしょいこんで、グチグチ言ってるのは、一番カッコ悪い。

君は勘違いしてるんじゃないの?
本気と夢中は全然違うよ。それに今君が夢中になって
るのは、何かから逃げてるだけかもしれない、と考えることは
ないの? それとも、それを認めてしまっているのかな?
だとしたら君は歳だけ取って大人にはなれないよ。
いろいろなものあきらめたり、失ったりした大人にはなれるかも
しれないけど。

醒めたら次へ行く、飽きたら別を探す。
変わりは他にもあるんでしょう?
本気には変わりのものも別のものもない。
生き方そのものだから。


2005.2.16 AM1:42 CARMEN MAKI



原文(リンク)

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posted by teruterufox at 21:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルメンマキ ライブ行こうかな・・・

相変わらず、仕事がすすんでいません。
便利屋との関係でいろいろと変えて行こうと思っているのですが、その思うことすら進んでいない状態です。頭の中でいろいろなことを考えているのですが、具体的にどのようなビジョンであるのか書いていかなければ整理がつかないですね。今後のお店の将来について個人的な企画書を作ろうと思います。

カルメンマキのライブが3月21日にあることを知りました。
以前私はカルメンマキのファンだと書きましたが、正直カルメンマキは万人に好まれる音楽ではないと思います。ちょっとマニアックな感じがします、だからライブは人が多いとは言えませんというか少ない。
それなのに私はここ3年で7〜8回ライブに行ったのではないだろうか? 他の用事でお店を休むことはないのですが、カルメンマキのライブはなぜか行ってしまいました。
昨年はもう最後にしようと思ったのです、が、今回どうしよう・・・・・・・・。
もう行かないと思ったのはロックバージョン、アコースティックバージョンとも一通りのパターンを聞いたからです、しかし21日はギターの鬼怒無月と二人でのライブとのこと、鬼怒さんはギターがとてもうまく私の好きなギターリストなのです。かれはミュージシャンとしても最高の感覚を持っていると思います。その彼とマキのデュオとなると・・・ん〜聞いてみたい・・・。
今回は「百億の孤独」をギター一本でやるらしい、私の好きな曲なのにライブで聴いたことがないし・・・。 
やっぱいちゃおうかな。  
まだわからないけれども、もし行ったら21日の夜はお店お休みになります。





百億の孤独

作詞 富田京子



夢のかけらでこさえた蒼い柩の中には 絶望の亡骸 横たえて

永遠に走る汽車に乗せ無垢な罪を見送ろう さようなら 静かに眠りなよ

薔薇色の頬した 昨日の私よ愚かと 泣けばいい

紺碧の空には鳥が歌う しなやかな開放に抱かれて・・・・・今飛び立つ



未知の旅路に焦がれた遠い少女の頃から 百億の孤独な夢を見た

強く産声にも似たはるか記憶の祈りよ 朽ち果てたガラスの忘却へ

かさついた指先で巡る口唇は 言葉を失くしても

荒れ果てた原野に風は渡る たおやかな手を広げ 漂流の惑いもなく

紺碧の空には鳥が詩う しなやかな開放に抱かれて・・・・・今飛び立つ








posted by teruterufox at 01:56| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月14日

親の想い

昨日、アメリカに電話をかけてくれないかと頼まれました。
たまにお店に来るおばあちゃんなのですが、その方の息子さんはアメリカへ行っているそうですが昨年末にアジアへ行ったっきり連絡がとれないそうです、昨年末シマトラ地震がありましたのでひょっとしたらととても心配をしていました。アメリカではアメリカ人の友人のところにお世話になっているとのことでそこに電話をして息子のことを確認してほしいとのことでした。おばあちゃんは耳が遠く普通に話していてもよく聞こえません、まして英語なんてわかるわけないので、私に頼みに来たのです・・・・が、私も英語が話せない、何年も海外にいたのに英語が話せないのです・・・でも難しい話ではないのでなんとかなるだろうと、とりあえず電話をかけてみました、すると、留守電だった、そしてメッセージを言わなきゃと焦っていたのですが、何も考えていなく頭が真っ白になって何もいえずそのまま切ってしまいました。
これじゃいかんと思って、今度は言いたいことの下書きを書いてメッセージを残そうともう一度電話をすると、今度は相手が出てくれたので私の超へんなブロークン英語で息子さんの確認とメッセージを伝えました。それをおばあちゃんに伝えると本当に安心をした表情を見せてくれた、心配で心配でどうしようもなかったんだと思う。私も息子さんは元気ですよと言えてホットしました。

しかし、5年間まったく英語を話していないのとそれ以前も英語が出来き話せるわけではなかったので、突然アメリカへ電話を掛けてと言われた時はあせりましたね。
私は英語が話せないのですが海外を旅行しています、さらに全くわからないフランス語圏やスペイン語圏も長かったのですが不思議なことに言葉で問題を感じたことがありません。さらに、私は日本人の女性とお付き合いしたことがないのに外人の女性とは付き合あったことがあるのです。彼女はアメリカ人で博士になるべく勉強をしていました、アメリカでPh.D(博士号)をとるのは大変難しいので彼女は頭が良かったのだと思う。それでいて頭の悪い工業高校しか出ていない私の中学生レベル以下の英語に付き合ってくれてさらによく言い争いとかもしていた。今考えるとそれで言葉の点で問題を感じなかったのは不思議でしょうがありません。

つまるところ人と接するのは言葉より、おもいやりのほうが大切なんだなと思います。それが相手に伝わるかどうかだと思うのです。言葉の全くわからない相手の見えない電話ではかなり無理なのですが、相手が見える場合はなんとかなるような気がします。
今日、私のめちゃくちゃな英語を相手が理解してくれたのでなんかそう感じてしまいました。

しかし、3ヶ月も連絡をよこさない息子にたいする母親の心配は深いものを感じました。
あの野口英世の母シカの書いた有名な手紙を思い出だしてしまった。
シカは文字(日本語)を知らなかったのに、息子への想いを綴りたい。と読み書きを必死で習い、手紙を書いた。その手紙を読むとその想いの深さを感じずにはいれれない。

シカの手紙
http://tekipaki.jp/~gon/park/kotoba05.htm

そして私は私自身を重ねて感じました。
私などは本当の親不孝もので連絡のつかない海外を旅行していて親が亡くなったのを知りませんでした。
癌でなくなったのですが、その間の闘病生活すら知らなかったのです。
親兄弟親戚中が息子がどこにるのか心配している間、私は楽しく海外を旅行していました。
父親は私に会いたかったと思う、そう思うと残念でなりませんが今はもうしかたがありません。
親兄弟そして自分もいつか必ず亡くなります、しかしそれがいつどのようなときに訪れるかわからないので若いうちは亡くなることを考えないものです。
でも今は母親または自分の死というものも考えて今を精一杯生きるようにしないとなと思うようになりました。
posted by teruterufox at 03:02| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月12日

確定申告

今日、確定申告の書類を提出してきました。
私は横浜に住民票があるので面倒臭いですが横浜にある税務署へ行って来ました。
今回は確定申告の書類を書くのに税務署のホームページを利用したのですが、このホームページはよく出来ていて、数値を入れるだけで書類が出来上がります、それをプリンターで打ち出して郵送してもいいそうです。
それと、そのままパソコン上でデーターを転送してもいいようです。
とっても便利なのですが、郵送だと記入漏れがあったらどうなるのかな?とか不安があります、それとやっぱり、もって行って検収印をもらうと出したなという気がするのです。
だから面倒でも持って行くことにしました。

税務署には記入場所が設けられていて、以前はそこでたくさんの人が電卓をたたきながら記入していたのですが、今日行ったらそこにはパソコンが置いてあるのです、それとタッチパネル。そこはいっぺんに200人近くが座って記入することが出来るのですが、その約1/4ぐらいタッチパネルが置いてあり時代が変わったなと思ってしまった。そこでパソコンをいじったことのないような方達が説明を聞きならが一生懸命入力をしていました。
パソコン入力は確かに楽です、いままでは金額を記入したあと後税金を算出するのにも電卓を使ってやっていましたが数字の数が多いと何回も確認したりします、また税金の算出式もわかりずらいのですが、パソコンだと必要なデーターを入れただけであとは全て計算をしてくれて間違いもない。
税務署の方も今までは提出された用紙をまた人手を使って入力しなければいけないのはめんどくさいでしょうし入力ミスもあるかもしれない、そう考えるとパソコンデーターの方が管理しやすいので、税務署もパソコンでの申告を推進しているんだと思う。
しかし歳をいった人ななんかかわいそうです、私の母は駅の切符の買い方すらよくわからないのです、最初の画面がいつもと違うとそれだけでわからなくなってしまいます。もちろん銀行のATMは使えません手数料を払って窓口でやってもらっています。世のかな簡単になっている一方では複雑になっているのかなと感じます。
posted by teruterufox at 02:58| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月09日

モーターサイクル・ダイアリーズ チェゲバラ

先日、トラベリング ウィズ ゲバラ という映画を見に行ったことを書きましたが、この映画はモーターサイクルダイアリーズのメイキングビデオで、モーターサイクルダイアリーズまたは、主人公であるチェゲバラを知らないと全く面白くない映画だったと思います。
でも、私はそのメイキングビデオを金を出してまで見にいってしまったのです。
そのくらいこのモーターサイクルダイアリーズは私のつぼにはまりました。
この映画の舞台を私もオートバイで旅していることもありますが、それと共に私はゲバラ好きなのです、そしてこの映画には私が旅をした時のいろいろな想いが詰まっていました。

それで、ここでそのモーターサイクルダイアリーズの感想を旅とゲバラへの思いと共に残しておきたいと思います。

この文章は非常に長くなりましたので、別にまとめてあります。
興味のある方、続きを読みたい方は下のリンクをクリックして下さい。
(注 チェ・ゲバラをしらないと面白くないと思います。)


映画
モーターサイクル・ダイアリーズの感想
を読む人はここをクリックしてください










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2005年03月07日

唄の背景

昨日、夏川りみのCDを借りました。とてもよいCDです。
夏川りみは涙そうそうを歌っている人です。
このCDにも入っていますが、この歌本当にいい歌ですね。
心に染みます。
この歌は森山良子と夏川りみとBIGINが歌っています。
紅白でもこの3組が一緒に歌っていましたね。
この人達の素晴らしい出会いがあってこの曲が名曲として世にでたそうです。

テレビでこの歌が世に出る背景を説明した番組があったらしく
その説明をあるHPから拝借して要約すると、
最初森山良子のラジオ番組の記念にビギンが曲を作ることになり、ビギンが森山良子にテープでこの曲を送ったそうです。曲には仮タイトルとして 涙そうそう と付いていた。 そのメロディーとタイトルから森山良子はなくなった兄のことが思い浮かんだらしい、そして「なみだそうそう」ではなく「なだそうそう」であることをそして、涙そうそうとは涙がとめどなく流れることを意味することをビギンに電話をして知ることになります。森山良子は兄のことを思い浮かべてこの曲に詩を書きました。
ビギンが最初この歌を歌います、TVで夏川りみはそれを見ていました。彼女は当時売れない演歌歌手だったらしく、演歌歌手をやめて名前も夏川リミにして再出発をしようとしていたところです。そして偶然にも夏川リミの姉はビギンの同級生だったらしい、その縁でビギンの楽屋を訪ねた夏川リミが「涙そうそう」を歌わしてほしいと訴えた。そして夏川リミのプロデュースをビギンがすることになります。
ビギンは森山良子の歌詞の本当の心を夏川リミに伝えたました。「いつかまた会えると信じて生きていく」という部分は「この歌はただの哀しい歌ではない、残されたものがどういきていくかという希望の歌なんだ」ということを。
そうやってこの歌は世にでました。もし夏川リミが歌っていなければこれほどまで多くの人に知られることはなかったと思います。3人の素晴らしい出会があって生まれた歌だそうです。

このCDには「さとうきび畑の唄」も収録されています。
これは名曲です。
森山良子の歌は聴いたことがあるのですが、夏川リミの歌もいいです。
やはり以前この歌の出来た背景をテレビでやっていたことがあります。たまたまテレビをつけたら森山良子がこの歌のフルバージョンを歌っていたのです。この歌は10分を越える長い歌で私はそのフルバージョンは聞いたことがなかったのでそれを聞けたのがうれしかった。
この歌は本当に心に染みます、そして感動します。
沖縄の青く青く澄んだ空の下、一面のサトウキビ畑が風にゆられいる、そして自然にわいてくる言葉にできない切ない気持で胸がいっぱいになる・・・・

「赤とんぼ」と同じようになにか心のふるさとを感じさせる歌です。
私はこの歌は沖縄の人が作ったのかなと思ったのですが、違いました。
この歌を作ったのは寺島尚彦という人らしい、彼は沖縄の人ではなく沖縄を旅してこの歌を作ったそうだ。
ここに詳しいHPがあります。

名作の舞台

沖縄を連想させる名曲にザ・ブームの作った島唄という歌もありますが、彼らも彼らも沖縄の人ではありませんでした。でもなんか沖縄の心を感じさせます。
夏川リミのこのCDもどことなく沖縄を感じさせる。

東京の雑踏の中で、沖縄の青い空と青い海そしてゆったりとした時の流れを感じさせる曲を聞くと心が安らぐのかな。
posted by teruterufox at 01:24| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月06日

お店と家

今日、新年会をやりましょうと言われました。
でも、新年会の季節は過ぎてしまいました・・・・・。
昨年、私の住んでいる家で忘年会(親睦会)をやったのですが、参加した人全員から、新年会をやりましょうと言われています。でもいまだに計画していない・・・みなさんごめんなさい。
昨年の親睦会は最終的には15人ぐらい参加してくれて、その来てくれた人全員が楽しんでくれたようです。みなそれぞれ初めて会う人ばかりなののに、凄い和んだのです。なんかみんなの気持ちが暖まるようなそんな会だったような気がします。
おそらくそれは参加してくれた人達がみんないい人だったからだと思う、

それと、あの家が持っている独特のふいん気によるものだと思います。
昔あの家にはいろいろな人が集っていました。いつも誰かしら訪れわいわいがやがやいいながら食卓を囲んでいた。普通の家庭では夕食に他人がいることはありえないと思うのですが、しかしあそこでは他人がいることが普通だったのです。そして私もその中の一人でした。

私も初めて訪れたときなんか懐かしいようなそして暖かいふいん気を感じました。
その独特な温かいふいん気を作り出していあのはあの家の持ち主の方で、彼自身がとても懐が深く、多くの人を受け入れなごやかな暖かいふいん気を作り出していたんだと思います。私は彼のそういう部分をとても尊敬しています。

フォーラムゴリラ便のこのお店は昔、彼の両親が生地屋をしていました、今でもその生地屋を懐かしんで訪れてくれる人もいるのですが、その人達の話を聞くととても世話好きだったようです。その話を聞くとあの家のそしてこのお店の温かいふいん気は彼の両親から引き継いだものだったんじゃないかなと感じる。
そして、今日彼の妹さんがお店に訪れました。
あの家で育った娘さんですが、今は嫁いでめったにこちらへ来ることがありません、家には寄っていないようですがこのお店をみて変わったな〜と一言言っていました、そしてお店にある両親の写真をみてなつかしいな〜と言っていました。
今私が彼女の家に住んでいて彼女の両親のお店にいます。それを考えると申し訳ないような気がすると共にそれを受け入れてくれている彼女に感謝する気持ちになりました。
彼女も懐の深いひとなんだなと感じます。
あの家もこのお店もそういう人達を育てました、
そしてこの店に訪れる人もいい人ばかり
そんな家とお店に感謝いたします。


新年会はもう遅いのですが、花見にあわせてまたやりたいなと思います。
また手作り料理でも考えてみようかな。
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2005年03月05日

鰻と雪

今日は雪ですね、雪国育ちではないのでなんか雪が積もると子供のようにわーい!といういう気分になります。たくさん積もらないかなと思ったのですが、1時過ぎにはやんで全く積もっていないのが残念! 普通の大人なら雪がふると商売が出来ないので嫌がるだろうけれども、その辺はまだ私は子供なのかなと思います。 

雪がふると私は鰻を思い出します。何故鰻なのかというと・・・・
とある日曜日 22歳ごろの私は母と宮沢賢治の生涯の物語「イーハトーブの劇列車」という演劇を見に下北沢の本田劇場へいきました。
当日は雪でしたが、その日のチケットでしたから見にいかないと損をすると思って早めに出かけたのです。ちなみに当時私は横浜に住んでいました。最初小田急線に町田から乗ろうとしたのですが、電車が止まっていたので田園都市線で渋谷へ向かいます、でも渋谷のアナウンスで井の頭線が止まっていることを知り、三軒茶屋に戻り世田谷線を使おうと思ったのですが、世田谷線も止まってしまった。あきらめて帰ろうととしたら、田園都市線も地下鉄以外は止まってしまったのです。もう帰れません・・・・・帰れないなら行くしかないと思って三軒茶屋から下北沢まで歩くことにしたのです、もちろん母親も一緒です。モサモサと降る雪のなかを母親と一緒に下北沢まで歩いた。雪の中を長い時間歩くのは初めてだったし、もうその歳ですから母親とめったに出かけることがなかったので 母と真っ白い雪景色の中を歩いたのはとてもいい思い出になっています。
そして、下北沢の町も雪景色となり誰も歩いていない・・・・すると、私の目の前、真っ白い雪の中に鰻が落ちていたのです。もちろん蒲焼です。それも出来たてアツアツほっかほっか!それが白い雪の上にぽっつんと美味しそうな湯気を発しながら落ちていたのです、まわりを見ると誰もいない・・・・でも鰻はアツアツで美味しそうないいにおい・・・。私はどうしようか迷ったあげく・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・拾いました。 
劇場へは開演時間を少し過ぎて到着したのですが公演は中止でチケットは次回公演に使えるように手配をしてくれました。残念ですがもう疲れていて演劇を見る気にもならなかったのでよかったです。
今度は帰りですが、小田急線が都内しか走っていなかったので、豪徳寺に住んでいる親戚の家へいき時間を過し、電車が動き出してから横浜へと帰りました。家へついたのは11時近かったんじゃないかと思う、
そして早速鰻を温めて食べたら、これが、うまい!! 身もたっぷりあり脂が乗っていて、今までの人生で食べた鰻の中で一番うまかった! 
こんなうまい鰻を神様ありがとう 感謝! 

雪に翻弄された一日でしたが,思い出に残る楽しい一日でした。
それ以来、私は雪が降ると鰻が落ちていなかなと思うのです。


一昨日に書いた ホテルルワンダの文章で
「ある日突然隣人を殺し始めたのですから狂気としかいいようがない。」
と書いた文章はちょっと言葉はたりませんでした、実際にには「長年の確執が」という文章が入るほうがただしいです。
ある日突然といったら霊でも乗り移ったのかと勘違いしますしね。
何故このような事件が起こったのかは、リンク先のルワンダ大虐殺を読んでみればある程度わかります。
民族間の確執というのはなかなか忘れることが出来ないようです。末代まで続くとしたら本当に恐ろしいことです。
このホテルルワンダという映画はいろいろな賞をとっているようでかなり上質な作品のようです。でも、日本はまだ公開未定、内容が内容だけに日本で公開されるか心配ですが、もし公開されたら見にいこうとおもいます。
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2005年03月04日

人生よ ありがとう,  トラベリング ウィズ ゲバラ

今日、恵比寿ガーデンシネマに映画を見にいきました。
題名はトラベリング ウィズ ゲバラ
ただ、正確には映画ではありません、モーターサイクルダイアリーズ という映画のメイキングビデオです。それを普通の映画と同じように金を出してまで見に行ってしまいました。
この映画は普通のメイキングビデオと違い、そのモーターサイクルダイアリーズの主人公であるチェゲバラを知らないとわからないと思う。または モーターサイクルダイアリーズを見た人ならさらにその映画の深みと真実みが増すメイキング映画となっています。
メイキング映画ですから見る人は少ないかなと思ったのですが意外と入っていました。

ところでモーターサイクルダイアリーズという映画を知っている人はいないと思うので簡単に説明するとカストロ議長と共にキューバ革命を成功させたチェゲバラが若かりしろ友人のアルベルトと共に南米大陸をオートバイで旅行したときの話を映画にしたものです。昨年公開された映画で私も見に行きました。私はその原作も読んでいて特別な思い入れもあったのですが、普通に見てもとてもよい映画で青春映画の傑作だと思います。チェゲバラといってもピンとこない人もいると思いますが、南米では英雄中の英雄となった人です。

今日見たこのトラベリングウィズゲバラは映画のメイキングというよりも現在のアルベルトが主人公のドキュメンタリー映画だった。そしてこのドキュメンタリー映画を見ていかにこの話が製作者のみならず南米の人に愛され大切にされているかわかりました。それと映画が限りなく真実に近くつくられていることを知りました。実際にこの映画の原作となる旅をしたアルベルトがこの映画製作に同行して実際にはどうだったかといろいろなアドバイスをしているのです。監督はそのアドバイスによって設定を変えたりしていますし、実際に当時と同じ旅をしながら、当時と同じ場所で撮影をしています。ハンセン氏病棟ではゲバラに会った当時10代だった患者がエキストラとして参加したりしている。

それと実際にこの旅をしたアルベルトがとても魅力的な人なのです。80歳を越えていますが人間として魅力のある人物に感じました。
彼は本当に旅とオートバイを愛する放浪者だと感じます、そして80歳を越えた今のその感覚を失っていない。できるなら私も彼のような老人になりたい。そう思ってしまった。

この映画はアルゼンチン、チリ、ボリビア、ペルー、アマゾン、ベネゼイラで撮影されましたがその間各国の音楽が挿入されています。お国柄というのはあるもので各国それぞれ音楽のふいん気が違う、その挿入された音楽の中でも強く印象に残った曲があった。一回聞いただけでこの曲は名曲だなと思うのですから、名曲なのでしょう。というか字幕に書かれた歌詞が私の心に残ったのです。とにかくよい歌詞でしたので早速ネットで調べてみると、チリの女性アーティスト、ビオレータ・パラVioleta Parra(1917〜67)の作品で、チリ人の愛唱歌ともなっている Gracias a la vida 邦題「人生よありがとう」という曲だということがわかりました。
今日一番の収穫かもしれない、いい詩にめぐり合えると なんか気分がいいいですよね。



人生よ ありがとう



人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて

人生はくれた 二つのひとみを

それを開けば私ははっきり見分けられる

白と黒を

高い空の 星のきらめく奥底を

群集の中から 私の愛する一人の人を



人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて

人生はくれた 聴くための耳を 

それで私はゆったりと夜も昼も聴き取っている

こおろぎを カナリアを

ハンマーを タービンを 犬の吠え声を にわか雨を

そして愛する人のやさしい声を



人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて

人生はくれた 音を アルファベットを そして言葉を

それで私は言い表せる

母や 友や 兄弟のことを そして私の愛する人の魂の

道すじを照らす光のことを



人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて

人生はくれた この疲れた両足を

その足で私は歩き廻った

町や港を 海辺や砂漠を 山や野原を

そして あなたの家 あなたの街 あなたの中庭を



人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて

人生はくれた この心臓 それは私の胸をときめかせる

人間の知恵の果実をみるときに

悪から そんなにも遠くへだたる善を見るときに

あなたの澄んだ目の奥底をのぞくときに



人生よ ありがとう こんなにたくさんのものをくれて

人生はくれた 笑いと 涙とを

それで 私は見分けられる 嘆きと幸せとを

私の歌を形づくる 二つのものを

あなたたちの歌 それは私の歌

みんなの歌 それは私自身の歌

人生よ ありがとう!









ビオレッタ・パラ(訳/水野るり子)


posted by teruterufox at 02:08| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月03日

ホテル・ルワンダ

昨日アフリカへ行っていた友人から、2週間後に戻るとメール連絡がありまた。
私は以前ヨーロッパアフリカをオートバイで旅行したことがあります、
彼はその時に大変お世話になった人です。
彼はその当時海外青年協力隊としてアフリカの田舎で学校の先生をしていましたが、それ以前に私と同じようにオートバイでヨーロッパからアフリカに入りサハラ砂漠やコンゴのジャングルを旅行しています。同じ旅行者オートバイ仲間ということでとても親切にしてくれたのです。
それ以来のお付き合いで、彼はその後も海外おもにアフリカのケニヤで仕事をしています。

2年ぐらい前に、明日日本に帰ると突然連絡があったことがありました。あまりにも突然でどうしたのかなと思ったら仕事仲間が手榴弾で攻撃され赴任地が閉鎖になったとのこと。そこは彼ともうひとりの白人と二人で仕事をしていたのですがその白人の方が襲われてしまったそうです、手榴弾を使ったために他に死者がでてしまい白人の方は命はとりとめたのですが足を失ってしまったということです。
昨年の秋同じ地域に彼は仕事にいったのですがもう帰ってくるとは早いなと思ったら、今度は運転手が射殺されてしまったそうです。日本では考えられないことかもしれませんが、アフリカではこういうこともあります。

今日アカデミー賞の主演男優賞のノミネートを見てみたら、ホテルルワンダ という映画があることを知りました。ルワンダの大虐殺のドキュメントドラマだそうです。

多くの日本人の人は1994年のルワンダの大虐殺を覚えている人は少ないのではないかと思います。
3ヶ月の間に推定80万人の人が殺されました。
これはユダヤ人虐殺やカンボジアの虐殺に次ぐもの、というよりたった3ヶ月で80万ということを考えたら歴史上最も多くの人を短期間で殺害した事件だったのではないだろうか。80万といってもピンとこないかもしれませんが、渋谷区の人口が20万人程度ですからその4倍ということになります。
これだけ多くの人が殺害された事件はたった10年前の出来事で遠い昔の話ではない。
当時私はアフリカにいました。でも私自身もそんなこともあったなぐらいにしか覚えていないので日本人が忘れてしかたがないですよね。それでいいののか悪いのかというと、なんか最近は昔のことは忘れてもいいような気がしています。平和というのはいいもので、それだけ人の感覚を暖和なものにしてくれてくれる 最近忘れるていいななんて思ってしまいます。

先に書いた友人は当時ケニヤでルワンダ難民のボランティア活動をしていました。
もう一人以前このお店をたまに手伝ってくれていたK仙人さんはルワンダ国境の難民キャンプで活動していた。
私は2度目のアフリカへと向かっていました。
ケニヤでK仙人さんに話を聞くととにかく凄く悲惨で、国境が川で隔たれているのですが、そこには毎日何十体という死体が流れてくるということ、友人が写した写真を見せてもらったのですが、それはすさまじいものだった、手を後ろに縛られて首がないとか、体が脱色して真っ白になってしまった遺体とかが川の流れのよどみに溜まっている、また教会の写真には足の踏み場のないほどの死体の山が写真が写っていた。
殺され方も地獄らしい、多くに人がナタで殺されたというのですが、まず家族の一人に家族を殺させて最後にその人を殺す。本当の地獄です。
何故人間はこんなことが出来るのでしょうか?
ある日突然隣人を殺し始めたのですから狂気としかいいようがない。一人一人はいい人なのですしかし何かにとらわれたようにこんなことになってしまったのです。
難民として隣国に逃げてきた人達は実は殺した側の人たちで、ある日われに返ったのでしょう今度は自分達が殺されると思って国をすて難民となりました。だから内戦が終わっても容易には国に帰れなかったようです。でも、今は難民キャンプも廃止され平和と取り戻しました。しかしたった十年で隣人を殺した殺されたという人達が本当に仲良くできるのかな? 中国や韓国は60年前の戦争も忘れようとしません。
そんな時私のように忘れぽかったら、平和になれるのになと思ってしまいます。

過去の出来事は風化させてはいけないといういのが普通の定説ですが、恨みごとは忘れたほうが平和に生きられますね。

昨日の友人のメールとホテルルワンダからアフリカのことを思い出し、そんなことを思ってしまいました。
人はいつ死ぬかわからないのですからどうせ死ぬなら幸せに生きたほうがいいですよね。
ちょっと意味不明かな。



<ホテルルワンダ
http://www.mgm.com/ua/hotelrwanda/intro.html

ルワンダ大虐殺
http://c-cross.cside2.com/html/bp0ri001.htm

シカゴ発 映画の精神医学 ホテルルワンダ
http://eisei.livedoor.biz/archives/12066571.html


050301.jpg





posted by teruterufox at 02:34| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(4) | 思ったこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月01日

猫は災難

私は笹塚でとても小さな委託制リサイクル販売ショップをしています。
ここにはいろいろな職業や趣味を持った人が訪れます。
お店なので広告を貼らせてくれないかという人もくるのですが、
それが営利の場合は断っています。でも私が好きなことなら貼ってしまう。
また委託者の人がなにかやりたいなと思ったら微力ですが協力したいなと思ったりします。
2ヶ月ぐらい前に知り合いの女性が演劇のチラシを持ってきました。
彼女は演劇をやっています、でも役者として食べているわけではなく主婦劇団を作って年に数回程度やっているそうです。

1ヶ月ぐらいまえ、彼女がやっている主婦演劇の稽古の写真が新聞に載りました、文化面の主婦劇団の取材の記事ですが、その写真では彼女が真ん中に写っていたのです。全国紙の新聞に写真がでるというのはめったなことではありませんから、それがとてもうれしかったのでしょう、その新聞を私に見せにきました。写真はよく撮れていて、なんか打ち込めるものがあるというのはなんとなくいいなと思ってしまいました。
仕事をして結婚して子供を育てそういう日常なことはもちろん素晴らしいのですが、その日常の合間にでも非日常のなにか打ち込めるものがあるのは生きるうえでよいエッセンスとなる気がします。

彼女が持ってきたチラシは、このお店のすぐ裏にある劇場でやるものです。
その題名が「猫は災難」話のストーリは全然しりませんが猫役が出てくるといっていました。なんか面白そうですね。
ミュージカル仕立ての演劇だそうで、彼女ともう一人の人がメインの歌を歌うそうです。
その曲名が「Kiss me 笹塚」その時はまだ2番の歌詞が出来ていないと言っていました、「♪♪雨の笹塚、十号通り商店〜〜〜♪♪」なんて出てくるのかな?歌詞はどんなんだろう? なんか気になりますね。
時間があればいってみたいと思うのですが、お店があるのでいけそうにありません。
もし時間とお金に余裕のある方は見に行ってみてください。
場所は 笹塚DuoStage BBS 
笹塚の十号通り商店街の最初の曲がり角(UFJのATMの所)を曲がりすこし歩くとマンションの下にその小さな演場があります。
日にちは3月4日から6日 今週です。
ちなみに彼女の名前は森久美子です。 たしかオペラ歌手役者に森公美子ていましたよね。すこしぽちゃりしているところは森公美子さんに似ているかもしれません。
だとしたら歌もうまいだろうな。

お店の窓ガラスにチラシが貼ってあります。



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posted by teruterufox at 03:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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