2009年09月03日

夏は終わり

今年の夏は短く、
8月の末には、既に秋の風が吹いていた。

夏は海に行かずに終わってしまい、夏らしくない夏という印象
来年は沢山海で泳ぎたい、潜りたいな。

でも、お盆は岩手の田舎へ行ってきました。

イーハトーブは一つの地名である。
強て、その地点を求むるならばそれは、
大小クラウスたちの耕してゐた、野原や、
少女アリスが辿った鏡の国と同じ世界の中、
テパーンタール砂漠の遥かな北東、
イヴン王国の遠い東と考えられる。
実にこれは著者の心象中に、
この様な状景をもって実在した
ドリームランドとしての日本岩手県である。
そこでは、あらゆる事が可能である。
人は一瞬にして氷雪の上に飛躍し
大循環の風を従へて北に旅することもあれば、
赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる。
罪や、かなしみでさへ
そこでは聖くきれいにかがやいてゐる。


以前にも書いたことがある気がするけど、
宮沢賢治の書いた「注文の多い料理店」の広告の文章です。
賢治の故郷岩手県花巻をこのように表現するとは、
宮沢賢治の想像力とセンスのよさに脱帽なのですが、
今の岩手県花巻に上のようなワクワクするようなイメージは無い。
田舎は静かでいいのですが、町に活気のない寂しさもあります、
実は自殺率も秋田に次いで非常に高いんです。
賢治の時代は活気があったのだろうか、
それとも賢治の心の中のドリームランドなのだろうか。

母の話を聞くと昔は活気があったような、
家の近くの今は誰も訪れることがなさそうな神社、
昔はお祭りが盛大に行われ、子供のころそのお祭りが楽しみだったと言っていた。
近くの誰もいない駅前でも、昔は歌手が来て演奏会が行われていた言う。
60年以上前の話。

岩手の田舎で小沢一郎の選挙カーが通り、
この地域は長年小沢一郎の地盤だったことを気が付かせた。
でも、
小沢さん自身はほとんど地元に戻ることはないらしいです。
国会議員は地元との対話がもっと必要なのではないかと思う。
地元の意見を国政に届けるのも仕事なのではないだろうか。

その小沢さんは、政変のたびに裏で暗躍するイメージがあります。
田中角栄時代から裏で動いていた人だし、細川内閣のときもメインでありながら裏方だった、
今回の民主党圧勝の功績も大きいけど、やっぱり裏方が好きだから、入閣はしないのだろうな。

昔から小沢さんの政策というのは見えてこないんですけど、どうもアメリカと同じ様な2大政党制を考えているようだ。
おそらく今回、自民、公明、共産以外の政党と連立を組みにいくと思う。
そんな政局には実力のある人ですが、
政局優先のあまり国民不在の政治を作り上げたのではないかなぁ。
表に出なくてもいいけど、以前の二の舞にならないように、しっかりとした人材を集めてほしいものです。

なんか古い政治家が頑張っているようでは、
みんながワクワクするようなドリームランドに程多いような気がする、
若い政治家もっと頑張って!

民主党マニフェスト
小沢一郎ウェブサイト

ところで、
田舎での私の楽しみは自転車で山奥の夏油温泉へ行くこと。
約25km延々とのぼり坂で疲れますが、山の中を自転車で走るのは気持ちがいいのです。
その夏油温泉は以前より寂れている印象だった。
来年はもっと寂れるのかな。
ここに関しては、それはいいなと思える。

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途中で撮影、この谷の奥に夏油温泉があります。

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posted by teruterufox at 00:07 | 東京 曇り | Comment(12) | TrackBack(0) | 日記

2009年08月02日

花火

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古河の友人の家の近くの花火大会を見にいった。

古河まで電車で1時間半ぐらい、昨年は数人で行ったけど、
今回は一人、眠かったけれど、乗り過ごさないように、必死でおきて古河到着、
現地の河原にマットを敷き、寝ころがっていたら寝てしまった。
地響きのような音もここちよく、花火も半分夢の中・・・
夕方の河原はきもちよい。

視界いっぱいに広がる光の宴、
怒号の音と一瞬の鮮やかな輝き、
そして静かに
チラチラと輝きながら消え行く寂しさ、

なんか、やっぱり 
風流だな〜。


久しぶりにお出かけだった、
通勤がないので歩く範囲でことが足りてしまう。
ここ数ヶ月行ったところは、
近くのスーパーと100均とコンビニと横浜の実家(バイクで)
それと、代々木公園ぐらいかな、
代々木公園はたまに走って行っています。
最近あまり出かけていないけれども、今はそうゆう時期かも、

そうそう、うちから30mぐらいのところにある
いづみや食堂へも行った。
こんな近くにこんなレトロな空間があったとは。
40年前の内装が何気に懐かしさを感じさせる不思議。

posted by teruterufox at 21:15 | 東京 雨 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2009年07月22日

皆既日食

笹塚から見た、皆既日食です。

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曇りだったから直接見えた!

posted by teruterufox at 16:19 | 東京 不明 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2009年07月21日

明日は皆既日食

明日は皆既日食なので作っておきました。

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posted by teruterufox at 16:57 | 東京 霧 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2009年06月04日

死ぬ瞬間と死後の生

昔のHDDを調べていたら、
エリザベス キューブラー・ロスの書いた
「死ぬ瞬間と死後の生」文章の一部が書いてあった。
覚えていないけど、印象的な文章だから書き写したのかな?

***
死ぬ瞬間と死後の生
死ほど大切なものはない の 最後のページ P80

自分の人生で何が起きているのかを、つねに両側から見ていれば、これと同じことが誰にでも起きます。人生にはかならず二つの面があります。治る見込みのない病気にかかったとき、耐えがたい痛みに襲われたとき、相談相手がいないとき、あるいは、人生はこれからだというのに、どうして自分は死ななければならないのだ、あまりに不当だ、と腹がたったとき、コインの裏側を見てごらんなさい。そうすれば、これまで引きずってきたくだらないことをいっさい捨ててしまえる、そういう幸せな人びとの仲間入りができます。

 それができたら、死の床に伏している人のところに行って、その人の耳がまだ聞こえるうちに、何のてらいもなく「愛しています」と言えるでしょう。もう、感傷的な美辞麗句なんて必要なくなります。人生は短いのですから、結局のところは、自分が本当にやりたいことをやったらいいのです。みなさんのなかで、本当にやりたいこと、つまり百パーセント生きるということを実行している人はどれくらいいますか(ほんの数人の手があがる)。やりたいことをやっていない人は?(もっと多くの手があがる)。あした転職したらどうです?(笑う)。

 やりたいことだけをやる、というのは本当にたいせつです。そんなことをしたら貧乏になるかもしれない、車を手放すことになるかもしれない、狭い家に引っ越さなくてはならないかもしれない。でもその代わり、全身全霊で生きることができるのです。世を去るときが近づいたとき、自分の人生を祝福することができるでしょう。人生の目的を達成したのですから。そうでないと、娼婦のような人生を送るはめになります。つまり、なにかある理由のために生きる、ほかの人のご機嫌をとるために生きるはめになります。それでは生きたことにはなりません。したがって、こころよい死を迎えることはできないでしょう。

 自分の内部からの声、自分の内的な知恵に耳をかたむけることです。あなた自身のことに関する限り、あなたはほかの誰よりも賢いのですから、きっと間違えることなく、人生で何をなすべきかを知るでしょう。そうなったら、もう時間など関係ありません。

 身につけなければいけないのに、身につけるのがいちばんむずかしいもの、それは無条件の愛です。これを体得するのは本当にむずかしい。ご存じのかたもあるかと思いますが、ヴアージニア・サターは無条件の愛とはどんなものかを、じつに美しく歌い上げています。

  わたしはあなたを
  束縛せずに愛したい
  判定せずに称賛したい
  侵入せずに結ばれたい
  強制せずに誘いたい
  後ろめたさなしに別れたい
  責めることなく評価したい
  見下すことなく助けたい
  あなたも同じようにしてくれたら
  ふたりはほんとうに出会い、
  おたがいを豊かにできるでしょう。

posted by teruterufox at 14:48 | 東京 晴れ | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

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